教訓、三十三。時は得難くして失い易し。 7
話が展開し始めます。いよいよ、謎の組織黒帽子の密偵が姿を現します。
ファンタジー時代劇です。一般的な転生物語ではありません。洋の東西を問わず、時代劇や活劇がお好きな方、また、ラブ史劇がお好きな方、どうぞお越しください。
意外に頭脳戦もありますかな……。そこまで難しくないので、お気軽にお読み下さい。意外にコメディーかも……?
転生はしませんが、タイムスリップや次元の移動はあります。(ほぼ出てこないので、忘れて読んで頂いてけっこうです。)
ユグスがため息をついた時、誰かが静かに部屋の前に立った。
「失礼致します。」
引き戸を開けて入ってきたのは、古い使用人のソド老人だった。彼は馬のことから庭のことまで、何でも任せられる信用ある使用人だ。
「おや、ソドさん、お久しぶりです。」
「ユグスさん、お久しぶりでございますな。」
老人は穏やかに笑いながら、茶の乗った盆を運んできた。
「わざわざソドさんが、お茶を持ってきたんですか?」
「ユグスさんがこちらにいると聞いたもんで。めっきりお会いできる時間が減ってしまいましたからな。お茶係を代わって貰ってきたんですよ。」
「そうでしたか。」
ソドは寝台の横の台に茶を置くと、戻って引き戸を閉めた。
「お元気でしたか?」
ユグスは懐かしくなって、ソドに尋ねた。子供の頃からいる使用人だ。彼が結婚する時、兄弟達とお金を出し合って、彼に祝いの品を用意して贈った。食器を用意して贈ったのだが、とても喜んでくれた。
「ええ。元気でした。ユグスさんの方はお元気で…。いや、元気かと聞く方が馬鹿ですな。ご病気なのに。気が利かなくて、すみません。」
ソドは寝台の横の椅子に座り、頭をかいた。
「気にしないで下さい。」
「ところで、何を読んでいるのですか?」
「ああ、これですか?」
ユグスは冊子を持ち上げて見せながら、苦笑する。
「セグが解読して欲しいと言ってきてですね。でも、さっぱり分からないんです。解読なんてできないと言ったんですが、見るだけでも見てみて欲しいと言って置いていったもので。」
「セグ坊ちゃんがですか?」
そう言って、ソドは目を輝かせてのぞき込んだ。
「どれどれ。どんな難しいものを?」
ソドはのぞき込んだものの、すぐに眉根を寄せた。
「確かに、これはさっぱり分かりませんなあ。セグ坊ちゃんは昔から頭のよい子でしたから。シーク坊ちゃんと二人、旦那様の書斎で居眠りしたりしていて、可愛らしかったのを今でもはっきり覚えていますよ。」
二人は顔を見合わせて笑った。
「ユグスさん、これ私が借りてもいいですか?」
思いがけないことを言われて、ユグスは困惑した。
「しかし…セグが預けていったということは、仕事に使うのかと。」
「いや、ちゃんとお返ししますから。大丈夫ですよ。何かとっかかりがつかめそうな気がしてきてですね。考えてみようと思ったのです。」
妙にしつこく言ってくるソドに対し、ユグスはますます困惑した。
「ですが、誰にも貸すなと言われています。ここで一緒に考えましょう。」
「…そう時間もないのです。ですから、お借りしようと思ったので。」
「忙しいのでしょう。無理しないで下さい。大丈夫ですから。」
「そう言わず、貸して下さい。」
ユグスが渡そうとしないのを見て、ソドが苛ついた様子を見せた。
「…ソドさん、どうしたんです?」
ユグスはソドの様子が変なので、冊子を布団の中にしまった。何かおかしい。いつものソドではない。
「時間が無い。早く貸しなさい。」
「ソドさん、どうしたんですか?いつものソドさんではありません。何かあったんですか?」
「息子が死んでもいいのか!」
いきなりソドが大声を出し、ユグスはソドを凝視した。
「…息子がって、セグのことか?一体、何を言っている?ソドさん、あなたは一体、何の話をしている?」
「時間が無い。悪いが今のあなたなら、私の敵ではない。」
「!ソドさん、何をするんですか!?」
ソドが布団の中の冊子を奪おうとしてきたので、ユグスは奪われまいと抵抗した。
その時、すーっと引き戸が開かれた。後ろの様子が見えるユグスは、思わず入ってきた男を凝視し、ソドはその気配にはっと後ろを振り返った。男は真っ黒のマントを目深に被っていた。懐に静かに手を入れて出し、何かを投げてきた。
パンッ、と隣室の引き戸が開かれると同時に扇子が投げられ、男が投げた武器は弾かれて床に落ちた。その瞬間に男は逃げた。部屋の外では「追え…!」というエンスの声と複数の足音が響いた。
「今のはソドさん、あなたに向けられていた。あなたを口止めしようとした。口封じだ。」
隣室から出てきたのはビレスだ。さらに、追うように命じていたエンスも入ってきた。
「兄上…エンス兄さん。これは一体?」
不安になったユグスが尋ねると、二人の兄は困ったように顔を見合わせた。
「すまない、ユグス。お前は病だ。あまり心配をかけると体に良くないと言われて、お前には黙っていた。本当はお前に一番、関係があるのに。」
ビレスの言葉にユグスは不安になった。
「もしかして、セグが渡していったこれと何か関係が?」
布団の中に隠して、ソドに渡すまいとした冊子を出して見せた。ソドは今、ビレスとエンスの登場に大人しく黙って座っている。諦めた様子だった。
「そうだ。関係がある。実は謎の組織の男がセグに接触してきた。その男が言うには、昔からヴァドサ家には、その組織の密偵がいるらしい。そして、セグはその冊子を発見した。おそらく、密偵が隠していた重要な何かだと察したセグは、わざとお前に渡し、密偵が取り返そうとやってきた所を捕らえるように作戦を立てた。」
「…わざと?」
ユグスは聞き返した後、苦笑した。
「なるほど。どうりで、分からなくてもいいわけだ。私はまんまと囮に使われたというわけだな?」
「すまない、お前にも内緒にして。」
ビレスとエンスは謝った。
「兄さん達、謝らなくていい。セグらしくて、それにあの子が賢いことが証明されて嬉しいだけ。…でも、本当にソドさんが?」
ユグスは床に座り込んでいるソドを見つめた。
「私達も意外だった。誰が現れるのか、全くの謎だった。」
「まさか、あなたが密偵だったとは思わなかった。先祖代々、当家に仕えてくれているあなたが…というか、あなたの家がと言うべきなのか。」
エンスとビレスが言うと、ソドはため息をついた。
星河語
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