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教訓、六。何事も、頭を張る者は器が違う。 2

「それと、もし、よろしければ私も殿下とご一緒致します。」


 バムスの発言に一同は、空気が氷でもしたかのように(おどろ)いて、バムスを凝視(ぎょうし)した。シェリアでさえ驚いた。


「まあ、バムス様ったらひどいですわ。わたくしに一言もなく、そんなことを急に(おっしゃる)るなんて。」


 バムスは困ったようにシェリアに謝罪した。


「ごめんなさい、シェリア殿。ですが、陛下のお許しが出るかどうか分からなかったものですから。」

「まあ…。つまり、陛下はお許し下さったのですわね?」

「ええ、そうです。」


 シーク達の意志を超えた所で話が進んでいく。


「それで、どうでしょうか?」


 フォーリを見ると表情が険しくなっていた。


「これは、護衛殿。そんなに(きび)しいお顔をなさらなくても。」


 バムスがにっこりした。フォーリの鋭い目線を物ともしない。


「護衛殿、いかがですか?」

「…フォーリです。」


 仕方なさそうにフォーリが名乗ると、バムスは頷いた。


「フォーリ殿。あなたもご存じでしょうが、私の護衛にはあなたの同族がいます。はっきり申し上げて、殿下の護衛の数は少なすぎます。親衛隊が二十名。そして、フォーリ殿、カートン家の医師がいますから、彼も戦力に入れても二十二名しかいない。


 しかも、身の回りを世話する者がただの一人もなく、あなたが全てを(まかな)わなければならない。セルゲス公の位があるにも関わらず、この人数しかいないのは異例です。」


 シークは背中に汗が流れた。冷や汗だ。もし、八大貴族の筆頭であるバムス・レルスリでなければ口に出すのも(はばか)られて、誰も言わないことだった。暗に若様に必要な物も人員も与えない王を、しかも、王宮の中で非難しているも同然だからだ。

 いや、実際には王妃かもしれない。おそらく、王はそれを理解しているから、バムスに同行するのを許したのだ。


「私が殿下とご一緒すれば、殿下を害しようとする者は少なくなります。」


 ただ聞けば親切にそう言っているとしか、思わないかもしれない。だが、八大貴族なのだ。今のボルピス王を支えている八人の貴族の筆頭。レルスリ家がというか、バムスが八大貴族を仕切っている。何か思惑がなければ同行するなどとは言わない。


「…まあ、バムス様、それはわたくしの警備が不十分だと仰りたいんですの?」


 横からシェリアが紅を塗った唇を扇で隠しつつ、不満を言った。彼女にしてみればそうだろう。


「シェリア殿、誤解しないで下さい。ある不穏な(うわさ)を聞いたのです。金さえ払えばなんでも行うという組織が最近出てきて、その組織に数人の貴族などが金を払ったと。用心に()したことはありません。」


 シェリアがむ、と眉根を寄せて考え込んだ。


「わたくしもその組織の噂は聞いたことがあります。マウダとは違うのでしょう?」


 マウダとは百年ほど前から名前の記録がある、伝説的な人身売買の地下組織のことだ。神出鬼没で(さら)う時、マウダの印が入った紙を落としていく。今ではマウダと言えば人攫いのことを意味するくらいだ。


「ええ、マウダとは違います。マウダは人攫いはしますが、基本的に人は殺さない。暗殺家業はしないそうですから。殺すのはマウダ内の裏切りと、マウダを名乗った者が現れた時だそうです。」

「つまり、その組織は暗殺をするということですわね?」


 バムスは頷いた。


「そういう事です。」

「確かにこの時期にそのような“噂”は意味ありげ。バムス様の仰る通りですわ。」


 シェリアも納得した。シークはマウダが人攫いの組織だとは知っていたが、基本的に暗殺家業はしないというのは知らなかったし、殺しをする時の条件なども知らなかったから、それを知っているバムスの情報網はどうなっているのだろうと不思議に思った。


「どう致しますか、フォーリ殿?」


 バムスはフォーリを振り返った。これは受けざるを得ないだろうとシークは思う。ニピ族がどういう所で弱いか知っている。(あるじ)に危険が迫っていると思えば、彼の申し出を受け入れるしかない。その上、王が許しを出している。つまり、暗に王の命令でもあると伝えてきている。最初から“否”はないのだ。


「…分かりました。ですが、予定通りに旅路が進むかどうかは分かりません。若様のご体調をみながら、医師の判断に従って進みますから。」


 フォーリの言葉にバムスは真摯(しんし)に頷いた。


「それで構いません。突然の申し出にさぞや困惑したでしょう。親衛隊の隊長殿も戸惑われたようだ。私の警備の者は、あなたの指示に従うように通達します。」


 シークにもそう伝えると、バムスは半分フォーリの陰に隠れている、若様の前に立って視線を合わせた。童顔な上、おそらく虐待を受けたりしたせいで、他の子よりも体格は小さくて華奢(きゃしゃ)だ。だから、余計に少女のように見えるのだ。フォーリの陰に隠れている姿からは、十四歳には見えない。十歳だと言っても通じるかもしれない。


「殿下。突然ですが、私もご一緒させて頂くことになりました。よろしくお願い致します。後で一緒に本を読みましょう。」


 若様は(かす)かに(うなず)いた。


「では今度こそ参りましょう。きっと、(うわさ)好きが集まっておりますわ。口さがない者がバムス様が殿下を取り込もうとしているとか、殿下と何かするつもりだとか噂するでしょう。でも気になさってはなりませんわ。」


 シェリアは若様に前もって注意した。


「……な、何かって?」


 シェリアは困ったように微笑んだ。


「口に出すことも(はばか)られますわ。でも、ひどいことですの。嫌なことを言われても気になさってはなりません。ジロジロ見られても無視しておいでなさい。」

「…う、うん。」

「…ふふ、殿下、嬉しゅうございますわ。」

「?」


 シェリアが嬉しそうに笑ったので、若様は不思議そうに首を(かし)げた。


「わたくしが怖いのでしょう?それなのに、頑張ってお話しして下さっているのですもの。とても、嬉しいですわ。」

「!…あ、あの…えーと……。」


 若様は何か言おうとして戸惑った。


「……あのう、何て呼んだらいいの?」


 若様の素直な質問にシェリアは快く答えた。


「わたくしはシェリア・ノンプディです。殿下はわたくしより目上のお立場の方ですから、呼び捨てでノンプディとお呼び下さい。」

「…わ、私より年上の人を呼び捨てでいいの?」

「ええ、いいのですわ。」


 それでも、若様は首を傾げた。納得できないらしい。


「そういえば、殿下はしばらく、リタの森にいらっしゃったのでしたね。」


 バムスが穏やかに口を挟んだ。それで、シェリアが何かに気が付いた表情を浮かべる。


「そうでしたわね。リタ族は年上の方を大切にする文化だと聞いております。それはそれでいいのですけれど、わたくし達は立場で区別を致します。ですから、殿下は気兼ねなく、わたくしやバムス様のことを呼び捨てにして下さいまし。」

「で…でも、あなたは呼び捨てにしていないよ。」


 シェリアは若様の言葉を聞いて目を丸くしてから、軽やかに笑い出した。絵に描いたような貴婦人の笑い姿だ。貴婦人はこのように行動すべし、という夫人の教養を高めるための教科書にでも()っていそうだ。


「まあ、殿下。わたくしの場合は趣味ですの。」

「…趣味?」


 若様はますます訳が分からなくなったようだ。混乱している若様にバムスが横から言った。


「殿下。殿下はシェリア殿が言われる通り、我々のことを呼び捨てにして下さい。そうですね、王太子殿下も私達のことを呼び捨てにします。」

「…従兄(あに)上が?」

「はい。王太子殿下になられる前からです。」


 若様は目をしばたたかせた。


「殿下、それに下手にわたくし達に敬称を使われますと、殿下にはそんなおつもりは全くないのに、わたくしたちにごまをすっているとか、そんな変な噂が立ってしまいますわ。」

「私達も、殿下が無用の噂で傷つかれるのは望みません。」

「わたくし達にとっても、殿下に呼び捨てにされる方がいいんですの。その方がわたくし達も助かりますわ。」

「…その方が助かるの?」


 若様の言葉に、二人はどう言えば彼が納得するのか、分かったようだった。


「はい、そうして頂けると助かります。」


 バムスもにっこりして頷く。二人の大人に説得されて、ようやく若様は頷いた。


「…わ、分かったよ。えーと…の、ノンプディとれ…レルスリ。」


 シェリアとバムスは良くできました、というようににっこりして大きく頷いた。


「それで良いのです、殿下。」

「ええ。それでは参りましょう。」

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