バムス・レルスリの顔 1
次の日、ヴァドサ家を辞してから、バムスはある場所へと向かった。
「旦那様、着きました。」
サミアスが馬車の扉を開けて、外に出る。人通りが多い場所なので、通りすがりの人々が何事かと振り返っている。みんな馬車とバムスに注目していた。レルスリ家の家紋が入っている馬車に、そこから当主のバムスが降りてくる。
みんなどういうことなのか、不思議そうで興味津々だ。護衛にはサミアスとヌイを連れている。今はヌイが馬車に残っている。万一の時の足の確保だ。
シークに負けてからというもの、四人とも一層の踊りの強化に努めていた。元々腕は悪くなかったから、余計に強くなっているだろう。ただ、サミアスは年だから、少し体を痛めたりしないか心配だった。
バムスはある店ののれんをくぐる。店の名前は『うさぴょん質屋』。質屋に八大貴族のレルスリ家が何の用だという視線が注がれる。
「店の主人をお願いしたいのですが。」
サミアスが店員に頼む。だが、言わなくても店員から知らされたのだろう。大急ぎで奥から、主人らしき少し小太りの男が走り出てきた。
「!こ、これは…!どうぞ、こちらへ。」
大慌てで主人は、店の奥にサミアスとバムスを案内した。
「どうぞ、何もございませんが。」
店主は客間の座布団をバムスにすすめた。
「ありがとう。」
礼を言って、座布団に座る。
「今、茶を持ってこさせますので。」
茶や菓子器に盛られた菓子が、目の前に置かれた。胡座が正式な座り方なので、胡座で座り茶を優雅に飲む。そこで、店主が口を開いた。
「…それで、ご用件は何でしょうか?」
バムスはにっこり微笑んだ。
「ええ。少しお尋ねしたいことがありまして。なぜ、先日のヴァドサ・セグ殿を攫わなかったのかと思いまして。お茶を飲んだ後に、眠ってしまったそうです。」
言った後、バムスは茶器を眺めた。
「淡い水色で美しい色合いです。」
茶器を眺めてから茶をさらに飲んだ。
「……一体、どういうお話なのか、さっぱり分からないのですが。何か誤解されていらっしゃるのでしょう。」
店主は営業用の笑みを浮かべてバムスに言った。
「誤解ではありません。この店がマウダの隠れ家というか表の店の一つだと知っています。」
「!」
店主はしばし考えていたが、飾り戸棚の置物に手を伸ばそうとしたので、すかさずサミアスが動いた。喉元に鉄扇をつきつける。
「余計なことはするな。」
一言サミアスが脅しをかける。その途端にふっと店主は笑った。
「全く。いやはや恐ろしいお方です。どの方々もみな、あなたを怖れて警戒するわけですな。」
「お褒め頂いて恐縮です。」
すると店主はますます笑った。
「いやいや、褒めたつもりはなかったのですがな。まあいいでしょう。茶に薬が入っている可能性があることを知っているにも関わらず、それを飲み干す度胸に感服しました。」
「私には優秀な護衛がついていますので。」
「確かに。」
店主は言うと、静かにやってきた気配に命じる。
「下がれ。」
「……。」
「何かあった時のため、控えさせて頂きます。」
一人は無言だったが、もう一人が答えた。
「いいでしょう。」
バムスが言ったので、店主は頷いた。
「分かった。だが、どちらか一人だ。レルスリ殿の護衛も一人だ。マウダが臆病だと馬鹿にされたくない。」
店主の言葉に、口を開いていない方が立ち上がり、すっと奥に消えた。それを確認してから、店主はバムスに向き直る。
「いや、失礼致しました。それで、お話の御用向きはどのようなことでして?」
質屋の店主の顔に戻り、聞いてくる。
「こちらに本物の『流水』があるはずです。闇の競り市に出される前に、買い戻したいのですが。」
バムスの答えを聞いて、店主は一瞬、目を丸くした後、くくくと笑い出した。
「いやはや、全くレルスリ殿には驚かされます。一体どうして、そのようなことをご存じなので?」
「簡単なことですよ。偽物だから預かり証を持ってきていない、ルマカダ家の大奥方に買い戻しできるようにした。しばらく手元にあったのなら、偽物を用意する時間はあったでしょう。」
店主は笑ったままだった。
「いやあ、久しぶりに冷や汗が流れましたな。」
「それは申し訳ないことを致しました。」
そう言って、二人は一瞬探るように見つめた後、笑い合った。
「困りましたな。ヴァドサ家の方でもないのに、どうして買い戻しに来られたのです?」
「ヴァドサ家の方が騙されているからですよ。それに、ご当主の総領殿は何もご存じない。だから、私が代わりに来ました。しかし…前から不思議だったのです。」
「何をでしょうか?」
「マウダは人攫い意外にどうやって、生計を立てているのだろうと不思議だったのです。どう考えても人攫いだけで、食べていけるはずがない。こうやって儲けていたのですね。子どもの頃から不思議だった謎が今日、解けました。」
店主の目が鋭くなる。
「子どもの頃からとは、変わったことに興味をお持ちだったのですね。」
バムスはにっこりした。
「ええ。実は子どもの頃、人攫いに攫われそうになったことがありまして。」
店主はバムスを眺め、頷いた。
「そうでしょうな。もし、ニピ族の護衛がついていなければ、今でもすぐに攫います。まして、子供の頃となれば大層、愛らしかったでしょう。」
後ろのサミアスが殺気立った。




