表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

342/582

バムス・レルスリの顔 1

 次の日、ヴァドサ家を辞してから、バムスはある場所へと向かった。

「旦那様、着きました。」

 サミアスが馬車の扉を開けて、外に出る。人通りが多い場所なので、通りすがりの人々が何事かと振り返っている。みんな馬車とバムスに注目していた。レルスリ家の家紋が入っている馬車に、そこから当主のバムスが降りてくる。

 みんなどういうことなのか、不思議そうで興味津々だ。護衛にはサミアスとヌイを連れている。今はヌイが馬車に残っている。万一の時の足の確保だ。

 シークに負けてからというもの、四人とも一層の踊りの強化に努めていた。元々腕は悪くなかったから、余計に強くなっているだろう。ただ、サミアスは年だから、少し体を痛めたりしないか心配だった。

 バムスはある店ののれんをくぐる。店の名前は『うさぴょん質屋』。質屋に八大貴族のレルスリ家が何の用だという視線が注がれる。

「店の主人をお願いしたいのですが。」

 サミアスが店員に頼む。だが、言わなくても店員から知らされたのだろう。大急ぎで奥から、主人らしき少し小太りの男が走り出てきた。

「!こ、これは…!どうぞ、こちらへ。」

 大慌てで主人は、店の奥にサミアスとバムスを案内した。

「どうぞ、何もございませんが。」

 店主は客間の座布団をバムスにすすめた。

「ありがとう。」

 礼を言って、座布団に座る。

「今、茶を持ってこさせますので。」

 茶や菓子器に盛られた菓子が、目の前に置かれた。胡座(あぐら)が正式な座り方なので、胡座で座り茶を優雅に飲む。そこで、店主が口を開いた。

「…それで、ご用件は何でしょうか?」

 バムスはにっこり微笑んだ。

「ええ。少しお尋ねしたいことがありまして。なぜ、先日のヴァドサ・セグ殿を(さら)わなかったのかと思いまして。お茶を飲んだ後に、眠ってしまったそうです。」

 言った後、バムスは茶器を眺めた。

「淡い水色で美しい色合いです。」

 茶器を眺めてから茶をさらに飲んだ。

「……一体、どういうお話なのか、さっぱり分からないのですが。何か誤解されていらっしゃるのでしょう。」

 店主は営業用の笑みを浮かべてバムスに言った。

「誤解ではありません。この店がマウダの隠れ家というか表の店の一つだと知っています。」

「!」

 店主はしばし考えていたが、飾り戸棚の置物に手を伸ばそうとしたので、すかさずサミアスが動いた。喉元に鉄扇をつきつける。

「余計なことはするな。」

 一言サミアスが(おど)しをかける。その途端にふっと店主は笑った。

「全く。いやはや恐ろしいお方です。どの方々もみな、あなたを怖れて警戒(けいかい)するわけですな。」

「お()め頂いて恐縮です。」

 すると店主はますます笑った。

「いやいや、褒めたつもりはなかったのですがな。まあいいでしょう。茶に薬が入っている可能性があることを知っているにも関わらず、それを飲み干す度胸に感服しました。」

「私には優秀な護衛がついていますので。」

「確かに。」

 店主は言うと、静かにやってきた気配に命じる。

「下がれ。」

「……。」

「何かあった時のため、控えさせて頂きます。」

 一人は無言だったが、もう一人が答えた。

「いいでしょう。」

 バムスが言ったので、店主は(うなず)いた。

「分かった。だが、どちらか一人だ。レルスリ殿の護衛も一人だ。マウダが臆病(おくびょう)だと馬鹿にされたくない。」

 店主の言葉に、口を開いていない方が立ち上がり、すっと奥に消えた。それを確認してから、店主はバムスに向き直る。

「いや、失礼致しました。それで、お話の御用向きはどのようなことでして?」

 質屋の店主の顔に戻り、聞いてくる。

「こちらに本物の『流水』があるはずです。闇の競り市に出される前に、買い戻したいのですが。」

 バムスの答えを聞いて、店主は一瞬(いっしゅん)、目を丸くした後、くくくと笑い出した。

「いやはや、全くレルスリ殿には(おどろ)かされます。一体どうして、そのようなことをご存じなので?」

「簡単なことですよ。偽物だから預かり証を持ってきていない、ルマカダ家の大奥方に買い戻しできるようにした。しばらく手元にあったのなら、偽物を用意する時間はあったでしょう。」

 店主は笑ったままだった。

「いやあ、久しぶりに冷や汗が流れましたな。」

「それは申し訳ないことを致しました。」

 そう言って、二人は一瞬探るように見つめた後、笑い合った。

「困りましたな。ヴァドサ家の方でもないのに、どうして買い戻しに来られたのです?」

「ヴァドサ家の方が(だま)されているからですよ。それに、ご当主の総領殿は何もご存じない。だから、私が代わりに来ました。しかし…前から不思議だったのです。」

「何をでしょうか?」

「マウダは人(さら)い意外にどうやって、生計を立てているのだろうと不思議だったのです。どう考えても人攫いだけで、食べていけるはずがない。こうやって儲けていたのですね。子どもの頃から不思議だった謎が今日、解けました。」

 店主の目が鋭くなる。

「子どもの頃からとは、変わったことに興味をお持ちだったのですね。」

 バムスはにっこりした。

「ええ。実は子どもの頃、人攫いに攫われそうになったことがありまして。」

 店主はバムスを眺め、頷いた。

「そうでしょうな。もし、ニピ族の護衛がついていなければ、今でもすぐに攫います。まして、子供の頃となれば大層、愛らしかったでしょう。」

 後ろのサミアスが殺気立った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ