ヴァドサ家で起きた事件Ⅱ 6
「それで、試合をした所、私の護衛のニピ族は四人ともシーク殿に負けました。セルゲス公の護衛にシーク殿は負けましたが、いい試合でした。」
「……。」
ビレスとセグは普通に聞いてから、意味が頭の中に到達するまで時間がかかった。
「はあ!?勝ったんですか?」
「違います、伯父上、ニピ族対シーク兄さんだから、シーク兄さんは負けたんです。」
ああ、そうか、とビレスは頭をかいた。
「最後には負けましたが、最初から五対一でしたから、勝ったも同然です。それで、私の護衛達が、暇があったら手合わせをして欲しいとシーク殿に詰め寄り、彼を困らせてしまいました。」
シークがぎょっとして青ざめている姿を想像できて、ビレスもセグも苦笑した。ニピ族達にモテても困るだろう。
「シーク殿には特別な才能があるとお見受けしましたが、違いますか?」
「え、あ…それは。」
セグがいるため、ビレスは答えに窮した。
「ニピの踊りを五回見ただけで、覚えてしまった様子でした。」
困り切っている伯父に変わってセグは口を開いた。
「そうです、シーク兄さんには特別な才能があります。私よりも遙かに剣術の才能は勝っています。」
「やはり、そうなのですね。それを差し引いても、ヴァドサ流は実践的な武術流派です。そういえば、セルゲス公がシーク殿に剣術を習いたいと言われて、剣術を指南して貰っています。」
にこやかに雑談のように重大事を話す。
「そ…そうなのですか、セルゲス公が?」
心の病だと言われているセルゲス公が、剣術を習いたいと言い出したのはいいことではないか。しかし、単純に喜んでもいいのか分からなかった。
「表向きは習ってはいけないことになっているので、あまり大きな声では言えませんが。」
ああ、やっぱり。と伯父と甥は納得する。
「とにかく、シーク殿の才能を差し引いても、ヴァドサ流の剣術ならば、相手が嫌がることは間違いないでしょう。相手は必ず苦戦を強いられるはずです。」
結局、バムスに説得されて、謎の組織の男の内通者を捜すことになってしまった。ビレスは何か調子が狂ってしまっていた。彼と相対していると、殺気を放ったり睨んだりするのは、見当違いというか、ふさわしくないと思い行動できなくなってしまう。
大抵の人はビレスが難しい顔をしていると、遠慮しているのが分かるのだが、バムスには通用しなかった。じっと凪いだ湖のように穏やかに見つめてきて、その上、困ったように微笑む。そんな風に微笑まれると、逆にこっちが困る。
セグはビレスにばれたのをいいことに、明日はやっぱり軍に行って、色々と調べたいと言い出した。作戦を考えるのに必要なのだという。後はビレスを置いて、勝手に二人で話を進め始めた。
まあいいだろうとビレスはそれを眺めた。どっちみち、内通者は調べて捕らえる必要がある。遅かれ早かれやる必要があるのだ。警備の問題がある。
しかも、王にシークの結婚を命じられていて、セルゲス公も出席するのだ。内通者のせいでセルゲス公の身に何かあってもいけない。おそらく、バムスはそういうこともあって、セグのことを叱りはしたものの、セグの言うことにも一理あると言ったのだ。
(シーク、お前は大丈夫か?)
心の中でビレスは五男に尋ねた。いつも厳しくしか接してやれず、少し可哀想だとは思っている。だが、怒るようなことをシークも言い出すのだ。頑固な所があるから。自分が正しいと思ったら意地でも動かない。
ケイレが道場の用事で呼びに来た。それを機にビレスは席を立った。もうすぐ冬だ。
「…ケイレ。」
廊下で隣を歩く妻にビレスは言った。
「何です?」
「一波乱来るぞ。覚悟しておけ。ヴァドサ家にとって、最も厳しい一波乱かもしれん。」
「はい。」
「誰も…死なないように祈るしかない。」
ケイレがはっとした。
「特にセグには注意してくれ。今、あの子が一番危ないかもしれない。」
「分かりました。」
もっと色々聞きたいことがあるだろうに、ケイレはそれだけを答えた。ビレスは頼りになる妻で良かったと心底思う。その時、ふとケイレがシークの恋文の添削した内容をそらんじたバムスの前で倒れたことを思い出し、少し不愉快になった。
分かっている。あの時、バムスは困っていた。王に苦言を呈したが無視された。でも、あんなに熱っぽい目で見なくてもいいではないか…!適当にすればいいものを…!
「お前様、どうしたんです?」
急に不機嫌になった様子を見て取ったケイレが聞いてきた。
「…いや、何でも無い。」
ぶっきらぼうに答えるが、ケイレは追求してきた。
「そんなことはないでしょう。どうしたんです?」
「…お前、あの時、なぜ倒れた?」
「え?」
不思議そうな声のケイレの反応に、ビレスは口から出して言ってしまったことを後悔した。
「…もしかして、昨日の……。」
ケイレは言った後、ふふふと嬉しそうに笑った。
「もう、お前様ったら、焼き餅焼いているんですか?まあ…。」
ぽん、と肩を叩かれてからかうように言ってきた。余計に腹立たしくなって憮然とする。
「お前様。」
ケイレは言ってビレスの手を握ってきた。
「わたくしの旦那様はあなたお一人です。口下手ですけど、頼りになります。ヴァドサ家を背負って立っている、自慢の夫です。」
しばらくそうしていたが、向こうから人影がやってきた。末娘のカレンだ。用事でケイレを呼びに来たのだ。
「お先に行きます。」
ケイレはカレンと先に行った。恥ずかしかったが嬉しかったのだった。




