ヴァドサ家で起きた事件Ⅱ 5
その時、屋根の上から、ガーディが降りてきて、決戦中だった二人はぎょっとした。そういえば、バムスがいる部屋の前だった。あまりの気配のなさにびっくりして二人は同時に声を上げた。
「うわぁぁ!」
びっくりしている二人に、ガーディは静かにするように手で示し、中に入るように促した。
バムスの前に二人は座った。難しい顔のビレスと、左頬を腫らしたセグは部屋の前で騒いだ非礼を詫びた。
「大丈夫ですよ。お二人の意見はもっともです。」
まるで微笑ましいものを見ているかのように、バムスは柔和な微笑みを浮かべる。
「しかしです、レルスリ殿。危険極まりありません。」
「はい、その通りです。でも、セグ殿が言う通り、内通者がいると分かっているのに、放置しておくのも危険です。」
「確かにそれはそうですが…。」
「私が思うに、敵の申し出を利用して、内通者をあぶり出すのがいいのかと。賭けに乗っているふりをして、出し抜くしかないと思います。」
バムスの意見にビレスがむっと黙り込む。
「ヴァドサ家は大きいです。その上、一部の例外はあっても、家族親族間、また流派の交流と結束がある。セグ殿一人が戦うのではなく、ヴァドサ家が戦うのです。」
思わずセグとビレスはお互いに顔を見あわせてから、バムスを凝視した。確かにセグもそうするしかないとは思っていたが、そこまで全部とは思っていなかった。ギーク達に応援を頼むくらいに考えていたのだ。
「どうですか?これならば、セグ殿の安全も守られるのでは?」
「…確かにそれはそうですが。どうやって、あぶり出すのですか?」
「それは、セグ殿が本領発揮する所でしょう。そうですね、セグ殿?」
話を振られて慌てたセグだが、急いで頷いた。
「はい。考えるつもりですが、もう少し調べてから出ないと。」
「…セグならできるとは思いますが、しかし、相手はニピ族かもしれないのでしょう。そこが心配な点です。」
すると、バムスはなぜかふふ、と笑った。思わず見つめてしまう、魅力的な笑みだ。
「大丈夫ですよ。ご安心を。」
何が大丈夫なのか訳が分からず、ビレスとセグは困惑して顔を見合わせる。
「…その、何が大丈夫なのでしょうか?」
セグは伯父の様子から、この美しくて頭の切れる貴人に対して、どう接したらいいのか、分からなくて調子が狂っているのだと気がついた。
確かに顔立ちだけなら、彼より美しい美男子として幾人かの名前は挙がるだろう。しかし、接すれば接するほど、偉ぶっておらず穏やかで、ふんわりして蕩けるような気性に引き込まれているのが分かる。
多くの女性が自ら彼の方に行ってしまう理由が分かってしまう。奥さんがいたって構わない、今、自分を見て貰えればいい、そんな女性が大勢現れておかしくない。なんせ、同性から見たって魅力的な人なのだから。
「ヴァドサ流が実践的で、ニピ族にとっても気を抜けない武術であることは分かっています。」
ビレスはバムスの言葉を聞いて、目をしばたたかせた。
「…どういうことでしょうか?」
「実はシーク殿に試合をして頂きました。」
「試合ですか?」
思わずセグは口を挟んだ。そんなセグを見て、バムスが少しいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「ええ。セルゲス公が親衛隊が叔母上の手の者に殺されるかもしれない、と心配しておられましたので、一度実力をその目で見て頂く必要があったのです。それに、セルゲス公は一度も剣術試合を見たことがないので、見てみたいとも仰いました。
私もノンプディ殿も、親衛隊の実力がいかほどか知りたいと思ったので、試合を開催したのです。」
セルゲス公の心配の理由を聞いて、ビレスもセグも複雑な気分になった。今までは遠くの可哀想な王子様の話だったのが、シークが親衛隊になってからは、急に身近な王子様になった。
「シーク殿には私の護衛のニピ族四人と、セルゲス公の護衛のニピ族一人、合わせて五人のニピ族と試合をして頂いたのです。」
バムスの言葉を聞いて、ビレスもセグも耳を疑った。何をにこやかに聞いただけで唖然とするような人選と人数で試合をしているんだ、と文句を言いたくなった。だから、バムスを嫌う人は嫌うのだと、その理由も分かった気がする。麗しい穏やかな笑みを浮かべながら、穏やかじゃない話をする。落差が激しすぎる。
「実はシーク殿がその直前に、寝込みを七人がかりで襲われたにも関わらず、全員を返り討ちにしていたので、ニピ族達はみんなシーク殿と手合わせをしてみたかったのです。
それで、誰が一番最初に試合をするかで喧嘩を始める寸前まで揉めたので、みんなで公平に試合できるよう、五対一で試合をしたら良いと、セルゲス公が提案なさり、ニピ族達がそれに一も二もなく賛成し、そのままそうなりました。」
ビレスとセグは目が点になった。なんていう試合をさせられているのだろう…!はっきり言って、ニピ族達と五対一なんて、ビレスでも重い試合だ。おめおめ負ける訳にもいかないし。
「実はシーク殿は、ニピ族達がセルゲス公や私の護衛なので、遠慮して適当に試合を終えようとしていました。剣術試合なのに剣を抜かずに終わろうとしていまして。」
ビレスもセグもなるほど、そういう手もあるかと考える。
「ですが、それでは困るので本気で試合をして頂きました。カートン家のベリー先生が上手くシーク殿を焚きつけまして。どうせ、負けたってヴァドサ流もニピの踊りに勝てなかったと言われるだけだ、と言ったものですから、本気になっていました。」
ビレスも内心でムッとする。どうせ、ニピの踊りに勝てなかったと言われるだけ…確かに少し頭にくる。




