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教訓、六。何事も、頭を張る者は器が違う。 1

 それからは問題なく旅路は進んだ。あの時の一行は何者だったのか、全く手がかりはなかった。

 パーセ大街道を通って進み、首府のサプリュに着いた。礼儀として若様は、陛下に挨拶に伺う旨を伝えてから王宮に入った。


 一緒に護衛のために入ったが、結局、王に面会はならず、しかも、外国からの使節の接客のため、王太子も会いに来る都合がつかなかった。王太子の使いからは、なんとか会いに行くから待っていて欲しいと何度か通達があったが、行くようにという王の命令で仕方なく王宮を出るため、王との面会用の控えの間から出た。

 先日、首府議会も終わっているので、首府のサプリュは静かだ。若様の移動が首府議会後で良かったと思う。


 若様は少しがっかりした様子だった。騒がしい時ではなく静かな時に王宮に入ったが、それでも、王宮内で(うわさ)が立つものだ。しかも、外国からの使節が来ているために、領地に帰っていない貴族もけっこういた。王に面会できなかったので、美しく可愛らしい正装の若様に、ぶしつけな視線が注がれる。


 シークはできるだけ、若様の姿が(さら)されないような隊形を取って護衛した。なんだかいたたまれない気持ちになる。

 王宮の玄関を出る前に王に命じられた通りに、別の控えの間の一つに入る。すると、そこには一人の女が侍女と護衛を一人つけて待っていた。


「お待ちしておりました。」


 どこか歌うような声の持ち主だ。


「久方ぶりでございます、セルゲス公殿下。わたくしの事は覚えておいででしょうか?まだ、殿下は幼かったので、もしかしたら、覚えておいでにならないかもしれません。」


 美しく優雅(ゆうが)に礼をした。


「……!」


 若様は女の姿を見て、明らかに(おび)えた様子だ。かちかちに固まって動けなくなっている。


「若様、シェリア・ノンプディ殿です。若様が療養される屋敷を手配して下さいます。」


 フォーリがそっと若様に伝える。若様は何か口を開こうとするが、本能的にという感じで全身を震わせている。シークは気が付いた。きっと着飾った女の人が怖いのだ。おそらく、叔母を思い出すからだろう。


「殿下、わたくしは今、紹介されましたようにシェリア・ノンプディと申します。どうか、お見知りおきを。」


 若様は必死に口を開こうとしているが、息さえ荒くなってきた。


「若様、大丈夫ですから、ゆっくり深呼吸をなさって下さい。」


 フォーリがしゃがんで、若様の背中をゆっくりさすった。


「……ご、ごめんなさい。……ちゃんとあいさつ、できなくて……。」


 ようやく息ができるようになった若様が、小さな声で謝った。


「いいえ、こちらこそごめんなさい。もう少し普段着で、化粧もしないで来るべきでしたわ。きっと厚化粧すぎて(おどろ)かれてしまったのね。」


 シェリアはそう言ったが、実際にはそんなに厚化粧ではなかった。おそらく、彼女も気が付いたのだろう。若様が何に怯えているのか。さすが、八大貴族の紅二点の一人だろうか。


「参りましょう。口さがない噂好きな者どもが来てしまいますわ。」

「これは随分(ずいぶん)と手(きび)しい。私も口さがない噂好きな者どもになってしまいますか?」


 温厚な声がした。王宮内なので、護衛は五人に(しぼ)っている。入り口を見張っていたロモルが困った表情を浮かべていた。


「あら、バムス様。おいでになったのね。」

「はい。セルゲス公殿下が陛下にご挨拶に来られ、シェリア殿とご一緒に療養(りょうよう)地に出発されると聞きましたので、私も殿下にご挨拶をと思いまして。」


 シークはロモルに(うなず)いて、八大貴族の筆頭バムス・レルスリを通した。温厚な微笑を浮かべ、柔らかに優雅に挨拶をする。物(すご)く美男子ではないが端正な顔立ちの、絵に描いたような貴公子だ。


「お久しぶりでございます、セルゲス公殿下。バムス・レルスリです。」


 だが、若様はさっきからの緊張が解けない様子だ。緊張してうつむき、小さく(ふる)えている。


「失礼します。」


 返事もできないでいる若様に気分を害した様子もなく、しゃがんで目線を合わせた。頭にぽんと手を置いて優しく()でると、もっと年齢の小さい幼子にするように(ほお)(てのひら)でそっと優しく撫でた。

 シークは純粋に(おどろ)いていた。まさか、シェリア・ノンプディにしろ、バムス・レルスリにしろ八大貴族の当主達が若様に優しく接するとは思わず、意外だったのだ。


「大きくなられましたね。良かった。」


 (おだ)やかな声の調子に、若様は少し緊張が取れたようだ。ようやく動いてバムスを見上げた。バムスは目が合うと目尻を下げて(やさ)しく微笑(ほほ)む。


「亡きリセーナ妃殿下に、ますます似ておいでになりましたね。お母上にそっくりですよ。」


 若様はおずおずと(うなず)いた。それを見届けるとバムスは入り口を振り返った。


「サミアス。」


 部屋の前で控えていた、バムスの護衛のニピ族が頭を下げて入ってきた。(うやうや)しく布包みを差し出す。バムスはそれを受け取ると、若様に差し出した。


「殿下。本来ならば、殿下にこのような物を差し上げることは失礼なのですが、状況が異なるためにお持ちしました。」


 若様は首を(かし)げてバムスを見つめた。


「これは私の子供達が来ていた服です。殿下がいらっしゃると聞きましたので、取り急ぎ屋敷に取りに行かせました。この他に行李(こうり)一つ分しかございませんが、何かの折にお役に立つかと思いましてお持ちしました。もし、お気に召さなければ処分して下さい。」


 若様はフォーリを見上げた。フォーリが頷いたので、若様は布包みを受け取った。相手は八大貴族だ。拒否するのはまずい。それに若様が極端に、必要な物を持っていないのは事実だった。


「……ありがとう。」


 若様が小さな声で礼を言うと、バムスは氷も溶かせるんじゃないかと思うほど、穏やかに(とろ)けるような笑顔を浮かべた。この笑顔で多くの女性を魅了(みりょう)しているのだろう。彼に妻以外の多くの女性がいるのは周知の事実だ。

 そして、若様にもこの笑顔は通用したらしい。若様は恥ずかしがって(ほお)()めて目を泳がせた。可愛い反応にバムスは若様の頭を撫でる。


「それから、本などもお持ちしました。後でお渡し致します。」

「あ、ありがとう。」


 若様は礼を言ってフォーリの後ろに(かく)れた。限界だったらしい。でも、よく頑張ってこんなに長時間、緊張する場所でよく知らない人達と会話したと思う。


「もう、バムス様ったら、わたくしよりも早く、殿下と仲良くおなりになってしまわれて。わたくしなんて怖がらせてしまいましたの。」


 シェリアが紅を塗った口角を上げて、美しい綾布(あやぬの)が張られた(おうぎ)でゆったりと扇ぎながら、ほほほと笑った。

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