ヴァドサ家で起きた事件Ⅱ 4
そこで、セグは辺りを慎重に見回した。
「サミアス、周りは?」
すぐにバムスがサミアスに確認させる。
「大丈夫です。」
少し、引き戸を開けて確認したサミアスが頷いた。
「実は…内部に手引きする者がいると言いました。内通者がいると。」
バムスの表情が硬くなった。いつも、柔和な微笑みを浮かべているので、その表情がとても意外に映る。
「しかも、その内通者は先祖代々そのためにいるようなのです。先祖代々いると、昔から“私達”と称する者達のために働いていると。お前達は忘れたかもしれないが、マウダは覚えていると言いました。マウダが鍵だとも。そして、ニピ族も関係していると。」
セグは言いながら、サミアスを見上げた。バムスも一緒にサミアスを見上げる。当のサミアスは驚いてセグと主であるバムスを見つめた。
「……申し訳ありませんが…心当たりがありません。全く分からないのですが。」
「…やっぱり、そうだろうと思いました。相手の男はシーク兄さんは違和感を覚えただろうと言ったので、もしかしたら、セルゲス公の護衛も全く心当たりがないのではないかと思ったんです。」
セグがサミアスの答えを聞いてそう言うと、サミアスはほっとした様子だった。
「ただ、相手の男はニピ族のようでした。」
「ニピ族ですか?」
「え?」
セグが言った途端、バムスだけでなくサミアス本人も思わず声を上げている。
「間違いなく鉄扇を帯の間に挿していたので。」
なるほど、と言ってバムスは考え込んでいる。
「顔は仮面をしていましたが、鉄扇を挿していてニピ族の可能性を見いだせただけでも、情報を少しは得られたかと。」
「確かに貴重な情報です。しかし、危険な賭けです。必ず伯父上である総領殿にお話すべきだと思います。」
バムスに言われてセグはうつむいた。
「頭では…分かっています。でも…伯父と顔を合わせると、何と言えばいいのか、分からなくなります。……だって、伯父にしてみれば、私の母が…弟と息子に手を下そうとしているんです。どう言えばいいのか、分からなくて…。」
涙で視界が歪んだ。
「…分かりました。私がお話しましょうか?」
「え…?ですが…。」
本当は自分で言うべきことだ。分かっている。任せれば逃げることになるのではないだろうか。母のしようとしていることから。現実から。でも、伯父であるビレスを目の前にして、きちんと話せるか自信が無かった。
「……お願いします。たぶん、ちゃんと話ができないと思うので。本当は自分で話すべきだって分かっています。でも…言葉が出て来るのか、自信が無い。」
「分かりました。そうしましょう。どっちみち、総領殿にもあなたの様子がおかしいから、聞いてみて欲しいと頼まれていたのです。」
セグはびっくりして顔を反射的に上げた。
「え?伯父がですか?」
バムスはセグを安心させるように、にっこり微笑んだ。ふんわりした…適切な表現か分からないが、セグはふんわりした卵焼きみたいな微笑みだと思う。
「ええ。きっとあなたの伯父上も、あなたに何と話せばいいのか、分からなかったのだと思います。両親の間で板挟みになり、苦しんでいることは分かっているのですから。」
なんだか急にほっとした。厳しい伯父も同じだと思ったら安心した。
「…そうだったんですか。」
「それはそうとして、決して無理をしてはいけません。あなたが死んだら意味が無い。いいですね?」
「…はい。」
セグは頷いた。
「時間が無いと焦ってはいけません。焦らせるのも向こうの手口でしょう。だから、最初から短い時間を要求してきた。逆に言えば、あなたを相手に長時間かけたくない、ということです。短い時間なら正体を暴かれないだろう、そういう計算があるのではないでしょうか。」
確かに、とセグは思う。
「あなたを賭けの相手に選んだのは、後々、生かしておいたら面倒だということの現れかもしれません。ですから、絶対に無理しないで下さい。助けが必要な時は、すぐに言って下さい。」
セグは頷いた。この後、もう少し無理しないように言われてから、セグは退室した。バムスに話をしただけだが、妙に肩の荷が下りた気がする。
セグはため息をついて、歩き出そうとしてぎょっとして立ち止まり、つい、大声を上げた。
「!お…伯父上!」
サミアス、誰もいないって言ったじゃないか…!心の中でセグは抗議した。物凄く…鬼のような形相でセグを見ている。実は事前にビレスがいても、誰もいないことにするとバムスとビレスが話し合っていたのだ。サミアスは忠実にそれを守っただけである。
「セグ。話は全て聞いていた。」
伯父のビレスの声が震えていて、セグは雷が落ちるのを覚悟した。だが、強く抱きしめられて、セグはびっくりした。
「セグ…。辛い思いをさせてすまない。苦しかっただろう。言い出せなくて辛かっただろう。」
背中をさすってくれる。いつも厳しい伯父の声が湿っていて、セグはただただ驚きつつ、心の中が温かくなって、許して貰えたことに安堵した。思わず伯父の肩に顎を乗せたまま泣いてしまう。
「だが、セグ。」
ビレスは抱擁を解いて、まっすぐセグを見つめてきた、と思った瞬間、頬をはたかれた。勢いで廊下でよろめいた。
「この馬鹿者…!お前の命は一つしかないんだぞ!!どれだけ、兄弟親族がいようとも、お前はこの世にたった一人しかいない!」
セグはよろめいた体勢を直して伯父を振り返り、ぎょっとした後で居心地が悪くなった。伯父が泣いている。ビレスの涙に、セグはあの時点で男の賭けに乗ってしまったことを反省した。バムスが言ったとおり、時間稼ぎするべきだった。
「お前の命を賭けた賭けだと!?なんてことをした!しかも、なぜ、夜中でも何でも、すぐにそのことを言いに来なかった!?緊急事態だろうが!二度も侵入されているのだぞ!」
言われるとおりだ。でも、正しい判断ができなかった。動揺していた。傷ついて冷静に判断できなかった。
「…申し訳ありません。」
セグは涙を溜めた目で謝った。
「とにかく、そんな賭け、乗ってはならない、やめなさい…!お前の命が大事だ…!」
セグは首を振った。これだけは譲れない。伯父に知られた時点で覚悟したことだ。
「嫌です、伯父上!」
「セグ、何を言っている!」
「だって、母上の暴挙を止めて、父上とシーク兄さんを助けられる絶好の機会です…!やめたくない!それに、何者かとにかく、当家にとって何者かが、いろいろとかき回しているのを放っておけません…!この機会に捕らえるべきです…!」
「セグ…!」
二人は激しく睨みあった。




