ヴァドサ家で起きた事件Ⅱ 3
セグは上からじっと見下ろされて観察されるのに耐えかね、とうとう起き上がった。
「大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です。お世話をおかけしました。」
セグは頭を下げた。
「いいえ。それくらい、何ともありません。それより、教えてくれませんか?なぜ、昔の記録を調べようと思ったのか。」
痛いところを突いてくる。セグはどう説明したらいいのか、考えあぐねた。なんでもない、で見逃してはくれないだろう。分かっている。セグが何かを隠していることくらい。それに、もしかしたらバムスなら、あの男の情報を何かしら持っている可能性があった。仕方ない。腹をくくって、姿勢を正した。
「……実は……その…誰にも言ってないのですが…昨日の夜中と…今朝…何者かが侵入して、私に接触してきました。」
「ヴァドサ家に侵入を?」
バムスが驚いてサミアスと顔を見あわせながら、聞き返した。国王軍より警備が厳しいとさえ、言われているヴァドサ家に侵入するなど、相当の忍び足か何かでないと無理である。
「はい。当家に忍び込んだという事実だけで、相当の猛者だと思われます。実際に自信があると言いました。私一人を殺すことなどわけもないと。殺す気が無いから、私は生きているだけだと言いました。」
セグは息を整えた。
「その男は、私に母が父を毒殺しようとしていると言いました。さっき、実は嘘をついたのですが、その男が母がシーク兄さんをマウダに攫わせようとしたと言いました。それで、母のことを調べたら、質屋のことが出てきたんです。
というか、その男が質屋の話をしました。剣を売ったと。質流れで当家の剣が売られるとかそんな話を。
それで、質屋に何かあると思ったんです。でも、真面目に商いをしているようで、母は忙しそうな繁盛している質屋を探して行っただけなのだと思います。その辺の話は、私を焦らせるための男の作り話だったのかもしれません。
とにかく、母の暴挙を止めるべきだと思いました。シーク兄さんをマウダに攫わせようとするなんて、信じられません。でも、男の話が嘘だとは思えなかった。実際に父は急に容態が悪化しています。母が毒を盛っているなら、辻褄が合う。
母がこれ以上の過ちを犯さないうちに、なんとか止めたいと思います。」
「それで、その男はあなたに何を要求してきたのですか?無為にあなたにその話をした訳ではないでしょう。理由があるはずです。あなたに何か重要なことを要求したでしょう。ただでそのような話を教えるとは思えません。」
バムスの口調でセグは確信した。全て事実なのだと。物置で話を聞いていたが、男の話と合わせて事実なのだと。
「…つまり、事実なんですね。母がシーク兄さんをマウダに攫わせようとしたことも、父を毒殺しようとしていることも。全て事実なんですね。」
セグの言葉にバムスがはっとして、目をつむってため息をついた。
「申し訳ありません。あなたにとって両親の話なのに。」
謝られるとは思わず、セグはびっくりした。
「とても辛い話なのに、性急に話を聞こうとしすぎました。まだ、気持ちの整理もついていないでしょうに。」
貴族なのに全然偉ぶった所がなく、穏やかに言われると心が慰められる気がした。多くの女性が彼に惚れる理由が分かる気がする。
「……大丈夫です。それよりも、母が凶行を起こす前に止めなくてはいけません。」
バムスは心配そうにセグを見つめた。
「大丈夫ですか?辛くないですか?」
「辛くないと言えば、嘘になります。でも、母が父を殺してしまったら…シーク兄さんにもっと何かしたら、その方がもっと辛いです。そうなる前に止めたい。そう思うので、今、踏ん張りたいんです。泣くのは後でもできる。今、私ができることをしたいんです。」
「分かりました。」
バムスは頷いた。
「それでは、話の本題に戻ります。あなたに接触してきた男は、あなたに何を要求したんでしょうか?」
頭脳明晰な人だとセグは内心で舌を巻いた。話の途中で何か挟まると、普通は忘れてしまったり、少し考えたりするものだが、すぐに話の本題に戻れる。
「賭けを要求されました。」
「賭けですか。」
そう言って、難しい顔つきになる。
「ご想像の通り、非常に私が不利な賭けです。でも、賭けに乗らないとすぐに、私を殺すという脅しをかけてきました。ですから、相手の情報を引き出しながら、なんとかできるかどうか、というくらいにまでしました。
男は私に次の満月までに、自分達のことを少しでも暴いたら私の勝ち、父のこともシーク兄さんのことも手を引くと言いました。でも、負けたら私に死んで貰うと。つまり、賭けるのは私の命です。」
バムスの顔色がさっと変わった。サミアスの顔色もだ。
「なぜ、そんな無茶な賭けをしたんです…!相手は無理にでも、あなたに賭けに乗らせたかった。考えさせて欲しいと時間稼ぎしても良かったはずです。」
「私もそれは考えました。でも…向こうは私が乗らなかった時点で、すぐに殺しにかかる可能性もありましたし、誰か他のいとこ達に何かされることを怖れました。いとこと言っても弟妹と同じです。まだ、幼い彼らもいる。もし、私が賭けに乗らなくて、彼らに被害が及んだら怖かった。
それに、私が賭けに乗れば、向こうのことを少しは分かるはずです。何が何でも正体を暴きたいんです。」
バムスは少し深呼吸をして、セグの話を聞いていたが、難しい顔のまま口を開いた。
「…それで、あなたが賭けに乗れるまでに引き出した相手の条件は何ですか?」
「向こうは母がなぜ、ならず者に接触できたのか、なぜ、マウダと接触できたのか、理由があると言いました。」




