ヴァドサ家で起きた事件Ⅱ 1
大きく敵が動いて来ます。主人公のシークに無関係のようでいて、関係があります。
ちょっと気長にお付き合い下さい。
時間は遡る。セグが厩舎で謎の男と向かい合っている頃。
ビレスは応接間でバムスと向かい合っていた。
「総領殿、何かお話がおありなんでしょう?いかがなさいましたか?」
バムスがすぐに気がついて尋ねてくる。察しが良くて、ビレスは軽く息をついて口を開いた。
「…実は…昨日のことなのですが、そのチャルナの件ですが…ユグスの四男のセグが気づいてしまいまして……。戦略部門にいるだけあって、賢い子なんです。
何か思い詰めた様子で……とにかく様子がおかしいんです。もう、母親には何も期待しないと…。そして、私に謝ってくるんです。シークの件なら素直に謝れと言ったのですが…。何か勘づいたのではないかと思います。今朝はずっと泣いていたので。
妻に確認したら、朝起きて色々用事をして、廊下を歩いていたらセグが座り込んで泣いていたと。そして、やはりごめんなさいと謝ってきたと言うんです。何か言いたいことがあるようなのに、決して言おうとしないと。私の六男のギークもその場に居合わせたそうなんですが、やはり様子がおかしいと。
ユグスもセグの様子がおかしいと言っています。何か知ったのではないかと。
その…レルスリ殿にお話してもどうにもならないことなのに、申し訳ありません。」
ビレスは最後は愚痴を言っているだけのような気がしてきて、謝った。バムスはにっこりと微笑む。
「いいえ。重要なことです。甥御のセグ殿ですね。分かりました。彼に話を聞きましょう。彼だけを呼ぶと目立つので、彼以外の子達もそれぞれに呼んで話を聞きます。」
ところが、セグは出かけてしまっていた。その間に他の兄弟達を呼んで…前線に帰っていた二人は別にして、話を聞いていたが、結局、セグは夕方になるまで帰ってこなかった。暗くなる前ぎりぎりに帰ってきた。
門番にセグが帰ってきたら、すぐに呼ぶように言いつけてあったので、セグは帰って来るなり、ビレスの元に連れてこられた。
いつセグが帰ってくるか分からなかったため、結局、一日中、ヴァドサ家にいることになってしまったバムスの元に連れて行った。そのため、バムスは少し離れた場所の離れに通してあった。
恐縮するビレスに対し、バムスはいいですよ、と言って何か仕事を始めた。妙に大きな鞄を付き人が持って歩いていると思ったら、その中にいつでも仕事ができるように、書類など一切を持って歩いているらしい。
「どっちみち、陛下に言われているので。ここでできることをやりますから。場所が違うと、気分も変わっていいですよ。かえってはかどります。」
にっこり爽やかに言って仕事に取りかかっていた。昼食の後は散歩をしたりして時間を使い、セグの帰りを待っていた。
結局、夕方になってしまい、ビレスは慌ててセグを連れてバムスの元を訪れた。セグはなぜか伯父が慌てているので、疑問に思っていた。セグの様子がおかしいので直接叱ってはこないのだが、怒っている様子に首を傾げた。何か用事があって、呼ばれていたとしか思えなかった。
「連れてきました。」
セグはバムスの部屋に通されて、内心でやっぱりかと思う。だから、伯父が慌てていたのだ。一日中、待たせてしまったのだろうから。
「……お待たせした様子で申し訳ありません。」
セグはとりあえず謝罪した。ビレスは黙って部屋を後にした。二人っきりだ。ニピ族の護衛はいる。
二人っきりで話となると、急に緊張してきた。母のチャルナのことがある。どういう風に話をすればいいのか、分からなかった。心の整理がつかなくて、うつむいて座っているしかできない。
「セグ殿ですね。以前、シーク殿のことで取り調べをした時以来です。」
「はい。」
「あなたの母君とのことですが。」
バムスがいきなり単刀直入に言ってきて、思わず顔を上げた。
「あなたが思っているようなことは、何一つありません。」
「!」
思わず目をしばたたかせた後、急に恥ずかしくなった。でも、本当なのか少し疑わしく思ってしまう。
「あなたの母君とは話をしただけです。いろいろと確認することがあったので。至急確認したかったので、非常識な時間ではありましたが、夜に総領殿に頼んで呼んで頂いたのです。
そして、できるなら離縁するように勧めました。そうでないと、彼女のやったことの罪は、公になってしまうとヴァドサ家に大きな被害を被らせてしまうので。だからといって、ルマカダ家に帰るのも得策ではない。そこで、私が用意した屋敷に隠れているように勧めたのです。」
辻褄が合っている話に、セグは思わず淡々と話しているバムスを見つめた。
「…本当ですか?」
思わず聞き返してしまう。バムスは真面目な顔でセグを諭した。
「嘘を言ってどうしますか。嘘ではありません。あなたも結局、シーク殿を傷つけることに加担してしまったのです。母君との間で板挟みになっていたのでしょうが、取り返しはつきません。これ以上、ことを大きくしないようにするための、最善の方法を考えた結果なのです。」




