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ヴァドサ家で起きた事件 8

「戦略部門ですか?」

 主人もセグの様子から、小声で聞き返した。

「はい。私の身分を確認したければ、すぐに分かると思います。」

 主人はすぐに頷いて、店員に何か指示した。そうしておいて、自分で手続きを始め紙に何か書き始めた。

「こちらに名前をお願いします。」

 言われるがまま名前を書き、(かんざし)を買い戻した。手巾を出して祖母の簪をくるみ、懐にしまう。

「ありがとうございます。」

「私共は商いをしただけでございます。どうかお気になさらず。」

 セグは頭を下げて店を出ようとした。ヴァドサ家は横暴なことは許されない。物腰が丁寧なので、(おどろ)かれているようだ。

 その時だった。どやどやと数人の男達が入ってきた。出ようとしていたセグは一旦、戻って彼らをやり過ごそうとした。

「…ん。こいつの馬か。いい馬が表に(つな)いであると思ったぜ。」

 出ようとしたが、一人がセグに目をつけた。面倒なことになりそうだ。できるだけ穏便に済ませたいが。

「お客様、ご用件は?」

 その時、店の店主が気を利かせてくれて、セグが外に出られるように新たにやってきた男達に声をかけた。

「いやあ、たいしたことじゃないんだが、質流れになるような名刀があったりしねえかと思ってな。こうして、質屋を巡っているわけだ。」

 内心でセグは、ルマカダ家の祖母が剣を買い戻してくれていて良かったとほっとした。セグが出ようとすると、その一団より送れてもう一人が入ってきた。ぶつかりそうになり、セグは黙礼して一旦道を譲った。

「ああ、申し訳ない。」

 一応、向こうも丁寧に言ったが、出ようとするセグの腕を(つか)んだ。

「お前…!」

 腕を掴まれて、セグは振り返った。

「やっぱり、そうだ。ヴァドサ・セグだろ、お前。訓練兵の時、同期だった。覚えてねぇか?」

 覚えているが、面倒なヤツだったので覚えていないふりをする。

「いや…すまないが覚えてない。」

「そいつ、知り合いか?ヴァドサって、あのヴァドサ流の?」

 さっきの男達が振り返った。

「ああ、そうさ。」

 その男はセグの腕を掴んだままだ。

「すまないが、時間が無いので行かせて欲しい。手を放してくれないか?」

「いいだろう、少しくらい。懐かしんでくれたっていいじゃねぇか。」

「お坊ちゃんだからって、お高くとまってんのか?」

 男達が戻ってきて取り巻いた。なんで、こうなるんだろう。静かに帰りたかっただけなのに。やっぱりこいつは面倒なヤツだ。

「本当に時間が無い。帰らせて欲しい。」

 実際に時間が惜しかった。帰る途中でルマカダ家の祖母の所に行き、(かんざし)を返し、どういう経緯か話を聞かなくてはならない。それから、軍に行って調べ物をするのだ。今日一日の内、調べ物が出来る時間が後、どれくらいあるだろうかというほどだ。

「お客様、申し訳ございませんが、入り口を(ふさ)いでおります。」

 店主が少し上背もあって体も大きい店員に命じ、セグだけを外に出そうとしてくれた。

「まあ、待てよ。それなら、外に出ようぜ。」

 その店員も困った表情になる。店主も同様だ。名のある子息に絡み、金目の物を奪おうとか金そのものを奪おうという算段だろうと想像がつくからだ。

「手を放せ、放してくれ。」

 セグは言うが、彼らはにやついて放そうとしない。そのまま外に連れ出される。店の中にいた人達も店の外にいた人達も、不運なセグを見つめてひそひそ話をしている。

(たしか、こいつは国王軍をやめている。)

 セグの腕を掴んでいる同期だと言っていた男は、とっとと国王軍をやめていた。というか訓練を最後まで全うできなかったのだ。一年半でやめていった。たぶん、他の者達も同様だろう。それでいて、剣だけはいっぱしの物を身につけて威張り散らしたいのだ。

「なあなあ、国王軍にお勤めの良家の子息の坊ちゃんだろ、そのくせにどうして、質屋なんかに来てんのさ?教えてくれよ。教えてくれたら放してやる。」

「制服を着てないってことは、休みなんだろ?いいじゃねぇか。俺達に少し付き合ってくれても。」

 セグは考えていた。ヴァドサ家では市中で喧嘩(けんか)をするのを(きび)しく禁じている。これはたとえ、侮辱(ぶじょく)されたからといっても、喧嘩と思われてしまうだろう。しかも、今の段階では馬鹿にされたとは言えない状況だ。

「だんまりかよ。少しは何とか言えって。つれないヤツだな。」

「なあ、ヴァドサ流ってどんな流派だよ?俺、知らないな。地味だよな。エルアヴオ流の方が聞くし。」

 セグが答えないでいると、一人が馴れ馴れしくセグの肩に手を回してきた。

「!」

 思わず、投げ飛ばしそうになるのをかろうじて抑えた。こういうことになるなら、制服を着てくるんだった。制服を着ていれば投げ飛ばしたとしても、問題にならなかった。それに、こいつらも絡んできたりしなかったはずだ。制服を着ている限り、警察権もあるからだ。

「こいつ、けっこういけるんじゃねえ?」

 一人がセグの顔から首筋を()でてきた。

「やめろ、気持ち悪い。」

 思わず言い返してしまった。すると、男達がさざ波を立てるように笑う。嫌な笑い方だ。

「嫌ならやり返してみろよ。ヴァドサ流って、こんなもんなわけ?」

 そう言って笑い合う。セグは怒りのあまり、全身が震えた。顔も真っ赤になっているだろう。

「可哀想にブルってんじゃねえの。それに恥ずかしがってんぞ。」

 男達が馬鹿にした声をあげて笑う。


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