ヴァドサ家で起きた事件 7
結局、質屋ではほとんど情報は得られなかった。
店員は母が来た時に対応した店員ではなく、他の店員も覚えていなかった。『うさぴょん質屋』はふざけた名前の割に繁盛している店のようで、忙しそうだった。そう高価な物でなくても、三十セルくらいの価値の物なら、お金と交換してくれるかららしい。
どうやら、母はヴァドサ家から少し離れた所で、繁盛してそうな店はないか聞いて行っただけのようだ。
セグは表に馬を繋ぐと、チャルナが持っていた剣の預かり証を持って入った。念のため、給料三月分と帯飾りを懐に入れてある。大金だが、それくらいはスリにあわない自信があった。
制服は着ていなかったが、帯剣したいかにも良家の子息が店に入ってきたのでセグは注目を集めた。預かり証を店の店員に差し出す。
「この剣を買い戻したいのですが。」
帯剣した若者の姿を見て、十剣術のどれかだと店員は察したようだ。預かり証の名前は母の名前である。女性の名前なので、店員は恐る恐る聞いてきた。
「あのう、申し訳ありませんが、当店に質に入れられた時は、女性の方が来られているようです。ヴァドサ・チャルナさんとはどのようなご関係で?」
名前を言う時には、一層、小さな声で聞いてきた。店中の人が耳をそばだてて聞いているのは分かっていたが、仕方ないので名前を名乗る。
「私はヴァドサ・セグ、チャルナの息子です。」
店員はすぐに納得した。
「分かりました。すぐにお待ちを。」
言いながら、記録を確認し始める。その間に店の様子を確認してみたが、普通に真面目に商いをしていそうだ。悪いことはしていなさそうである。
「あの…。」
店員が、言いにくそうにセグを見上げた。
「あのう、お母さまが剣を質に入れられた三月ほど後に、ルマカダ家の方が買い戻されています。」
「ルマカダ家?」
「…はい。」
困ったように店員の眉毛が下がる。セグが怒って騒ぎになったりしないか、心配しているようだ。
「ルマカダ家は私の母の親戚です。どういうことか教えて頂けませんか?」
母の親戚、と言う言葉で一気に店員は安堵した様子だった。店員達に緊張が走っていて、奥から店主らしき人も様子を見に出てきていたのは気配で分かっていた。店員の安堵は、彼らの安堵でもあった。
ルマカダ家が買い戻したようだ、というセグの推測は当たった。母のチャルナが来た時のことは分からなかったが、その三ヶ月後、ルマカダ家の老齢の奥さんが質に入れられた剣を買い戻したいと言ってきたという。持ってきたお金だけでは足りない分は、自分の簪で賄ったという。
預かり証を持っていなかったが、剣の特徴を詳しく伝え、質に入れに来た母チャルナの特徴も詳しく言った上で、その者の代理で、預かり証は持ってくるのを忘れたと答えたので、身分もはっきりしていることだし、老婦人だったので、言うとおりにしたということだった。
チャルナの対応をした店員はやめてしまったので、今はどこにいるか分からないと言われた。
「分かりました。それで、面倒な手続きになると思うのですが、その簪を見せて頂けませんか?おそらく祖母のだと思うのですが。」
店員は戸惑った様子だったが、奥から顔を出して様子を見守っている、主人らしき人物が頷いたので、簪を持ってきてくれた。
「やはり、祖母の物です。私が買い戻してもいいですか?剣の預かり証は渡せば、もう済みますよね?」
「はい。剣の方はそれで済みます。ただ、簪については…。」
店員が困っている。すると、奥から主人らしき人が出てきた。やはり、主人のようである。
「面倒なことを言って、申し訳ありません。ただ、祖母に簪を返したいのです。預かり証の方は私が祖母に返した後に、こちらにもう一度、持ってくればいいですか?」
「お客様、そのような面倒なことをなさる必要はありません。お祖母さまにお渡しなさった後に、預かり証は破棄して下さればいいです。お客様のご身分がはっきりされていますので。ただ、念のために、どちらにお勤めかだけ教えて頂ければ。」
なぜ、勤め先が必要なのだろうとは思ったが、騒ぎにしたくない。
「勤め先ですか?」
「はい。」
仕方ないので口を開いた。
「国王軍です。」
「申し訳ありませんが、国王軍のどちらで?」
どうして、そこまで教える必要があるのだろう、という顔をしていたのだろう。店の主人はさらに言った。
「申し訳ございません。お客様が嘘を仰っているわけではないと、私共も思いますが、中には、はったりで嘘を言う者がいるのです。」
「…そういうことですか。戦略部門です。」
できるだけ、周りに聞こえにくいように小さな声で答えた。それでも、店中の人がこっちに全神経を集中させている。もう、用はないのに帰っていない人達さえいた。周りの人達の中に小さなざわめきが広がっていく。
セグは小さくため息をついた。あまり目立ちたくないが、大勢の人達の注目を集めてしまう。軍師・戦略部門は国王軍の中でも、難しいことで知られており、頭が切れる人達が行く部署だという認識だからだ。




