ヴァドサ家で起きた事件 6
「教えてやろう。お前の母が行動できるのは、協力者がいるからだ。ずっと昔から、この家に住んでいる。」
セグはぎょっとして、男の影を見つめた。
「先祖代々な。彼らは“私達”の協力者だ。“私達”は、ずっと昔からいる。そっちが忘れただけで、ずっと存在する。おそらく、お前の従兄はおかしいと勘づいただろう。鍵はマウダだ。」
「…マウダだと?」
聞き返す声が掠れた。
「そうだ。マウダは近頃の名前が百年くらい前から、マウダになっただけで、昔から存在する。」
この男は今、相当の秘密を喋ったのではないだろうか。これらの情報は普通なら、相当“組織”の上に行かないと知らないもののはずだ。それを簡単に教えたのは、この男がこれ以上知られることがないという自信があるからだ。セグには調べきれないという自信がある。つまり、この男の頭の中では、セグは賭けに負けて死ぬ計算なのだ。
「どうだ、おもしろい情報だろう?調べ甲斐がある情報だと思うがな。ちなみにマウダとニピ族も面白い関係性があるぞ。」
セグは必死に頭を巡らせた。マウダとニピ族が関係あると教え、マウダとニピ族に接触したシークと連絡を取り合わせたいのだろうか。ニピ族だけなら、バムスもそうだがマウダもとなると、シークに絞られる。セルゲス公にニピ族の護衛が一人いるのは、知られている事実だ。
「今話したのは、普通だったら知られた時点であの世行きになるような情報だ。どうする?結構な情報を教えた。」
セグはため息をついた。やるしかないと腹をくくった。
(仕方ない。何を目的に近づいてきたのか分からないが、向こうが私を選んできた以上、その賭けに乗ってやろう。そして、必ず尻尾を掴む。それしかない。そうすれば、上手くいけば父上もシーク兄さんも助けられるかもしれない。)
「そのようだな。だが、その前にもう一つ。」
「なんだ?」
「お前の顔を見せろ。お前は私を知っているのに、私はお前を知らない。不利な状況は変わっていないから、私に賭けさせたかったら、もう少し譲歩しろ。」
男は少し考えている様子だった。
「なるほど。結構、頭が回るじゃないか。だが、いいのか。私の顔を見て生きているヤツはいないぞ。」
「私が賭けに乗らない時点で、殺すつもりなんだろう。だったら、どっちみち死ぬんだから、少しくらい見せてくれてもいいんじゃないのか?」
すると男は笑った。喉を鳴らす笑いとは違い、本当におかしくなったようだった。
「分かった。いいだろう、見せてやる。」
男が厩舎の影から姿を現した。だが、仮面をしていて素顔は分からなかった。
「結局、仮面をしているのか?卑怯だぞ。」
「すまないな。だが、やはりその話には乗れない。これが私ができる最大の譲歩だ。これ以上は無理だな。」
セグは結局、男の姿を見ても、何の収穫もなかったかとほぞを噛んだが、男のマントの下の帯に扇子が挟まっているのを目にした。ただの扇子ではない。扇子くらい誰でも持っている。身だしなみとして持っているのが普通だ。
それに何かと便利なのだ。もちろん、暑いときに涼を取るためは当然だが、ゴミを飛ばしたり、熱い物を冷ます時など案外、使うことはある。国王軍でも身につけるべき備品の一つとして扇子がある。
(鉄扇?まさか、ニピ族なのか?)
セグはそこばかり注視するようなことはしなかった。そこは武術の剣術流派で鍛えられている。一点に集中して、狙っている所を見破られるような真似はしない。
(待て、待て…考えろ。さっき、この男はマウダとニピ族が関係あると言った。つまり……自分がニピ族だから、知っているということでもあるのか。)
「それで。」
セグは男の声で我に返った。
「賭けに乗るんだろう?それとも、乗らないのか?」
セグはため息をついてみせた。
「乗る意外に道がない。仕方ないよ。やってみる。お前の賭けに乗ってやるよ。」
いかにも乗り気ではなさそうに、仕方ない様子を演出しながら、セグは答えた。
「まあ…そうだろうな。お前の立場からすれば。上手くいけば、父と従兄の両方を助けられるんだから。」
「それに、お前に無駄に殺されるのも、癪だしな。このままだと、無駄に殺されるだけになってしまう。だから、やる。仕方ない。」
セグの答えに男は満足そうに笑った。
「それでいい。それでは、次の満月に会おう。」
「待て。」
そのまま立ち去りそうな男をセグは引き止めた。
「どこで会うつもりだ?次の密会場所くらい、私に決めさせろ。さっきから言っているが、私に圧倒的に不利な賭けだ。私が勝ってもお前は死なないんだから。」
くくく、と男は笑う。
「ああ、そうだ。弱者は強者の決めた決まりに従うしかない。でも、まあ、その度胸に免じてお前に決めさせてやる。どこにする?」
セグは男が喋っている間から考えていた。どこにするか。
「どうせ、お前はヴァドサ家の内部のことも知っているんだろう?だから言うが、古くて取り壊しが決まっている倉庫がある。そこだ。どうせ、次の満月までに取り壊されない。」
「……倉庫?まあ、いい。分かった。使っていない取り壊しが決まった倉庫だな。お前がどうするか、楽しみに待っている。」
今度こそ、男は去った。男の気配が完全に去ってから、セグは息を大きく吐いた。
まったく、上手くいく気がしない。でも、やるしかない。それに、今、聞いた情報を確実にものして、何かしら手がかりをつかむしかない。しかも、やることは多い。内部にいる協力者も探さないといけない。総領である伯父にいつ、報告するか。
やることが目白押しだ。でも、母のことでくよくよしている暇が無くなった分、気持ちは前向きになった。確実にあの男を捕らえるために、調べなくてはならない。
あの男は、セグだからできるということを言っていた。つまり、国王軍の軍師・戦略部門にいるからだと言える。ということは、軍の資料に何かしら、彼らの痕跡が残っている可能性があるということだ。やることがありすぎて混乱しそうになるが、セグは自分を落ち着かせた。
(待て、待て。今はまず、母上の質屋問題からだ。本当に母上が直接売りに行ったのか、誰かに行って貰ったのか聞かないといけないな。)
セグは少し考えた。本当は軍に行った後で、質屋に行こうと考えていたが、逆にしよう。質屋に行って、それから一旦帰って着替えてから軍に行こう。軍の資料室で調べることが圧倒的に増えたからだ。
段取りをつけたセグは、ひとまず馬を厩舎に戻した。そして、着替えて質屋に向かったのだった。




