ヴァドサ家で起きた事件 5
セグは必死に思考しようとしていた。
(考えろ、考えろ…!今は悲しんでいる場合じゃない…!こいつが、何を目的に私に接触しているのか。こいつの目的は何なのか。いや、私にして欲しいことがあるはずだ。だから、私を動かしに来ている。)
「…お前は私にどうして欲しい?」
すると、男は意外だったのか、厩舎の向こうの影が動いて、セグを振り返ったようだった。
「…ほう?そう聞いてくるとは意外だったな。そうだな…。自害でもしてくれればいいな。そうなれば、お前の従兄のシークは悲しむだろう。悲しみが深ければ、任務にも支障が出る。王の怒りでも買って、親衛隊の任務から外れてくれたら助かる。」
セグに自害を勧めておいて、一方では父のユグスが死んだ場合の計画も進めている。これだけでも、二重の計画だ。
「…それを聞いて、私が自害すると思うのか?」
セグの言葉を聞いて、男は笑った。
「まあ、普通はしないな。意地でもしないだろう。」
「分かっていて、言ったのか?」
「なあ、賭けをしないか?」
男が賭けを持ちかけてきたので、セグは警戒した。きっと、セグが不利な賭けのはずだ。
「…賭け?」
「そうだ。」
「きっと、私が圧倒的に不利な賭けなんだろう?そんなものには乗らない。」
セグの答えに男は苦笑した。
「まあ、話を聞いてから決めてもいいと思うが?」
危険な感じがするし、時間も無いので、セグは馬の手綱を握った。
「おい、待てよ。」
セグが行こうとしている気配に、男が急いで動いた気配があった。
「お前が勝てば、手を引く。」
思わず足を止めた。
「お前は必ずこの賭けに乗る。何から手を引くか知りたいだろう?」
「…それは。」
話に乗ってはまずいのに、一言返してしまった。
「お前が勝ったら、ヴァドサ家から手を引く。つまり、お前の父の件も、お前の従兄からも手を引く。つまり、お前が勝ったら、父親も従兄も両方救えるということだ。」
ずいぶん、気前のいい話だ。危険だと思う一方で、上手くいけば助けられる上に、謎の男の正体を掴む機会を得られるとも思う。
「私が負けたら?」
「自害して貰う。」
はっと息を呑んだ。
「つまり、掛け金はお前の命だ。代償が大きいと思うか?だが、逆に考えれば金がかからず、借金を残す心配は無い。それに、お前だからできる賭けだ。賭けは単純。昨夜、満月だった。次の満月までに私達の正体を掴んだら、お前の勝ちだ。」
私達?つまり、この男、単独で動いている訳ではない。何かの組織か?
「…やはり、圧倒的に私が不利な賭けだ。お前の正体なんて、どうやって分かる?何も手がかりがないというのに。お前だけが得をする。私は無駄死にだ。」
「そんなことはない。あちこちに手がかりはある。お前の母親がとった行動だ。どうやって、お前の母親はならず者と連絡を取ったのか。どうして、お前の母親はマウダと接触できたのか。」
「……。」
「おかしいと思っているだろう?だから、調べるつもりだろう。それで、私がいよいよやる気が出るようにしてやろうというわけだ。もし、お前が勝ったら、ヴァドサ家から手を引く。しかも、私達の正体もある程度つかめると来る。うまい話じゃないか。」
うまい話には必ず裏がある。必ず相応の代償を求められる。分かっている。それは、自分の命だ。きっと、こんな自分でも死んだら、シークは悲しむだろう。そして、悲しみのあまり、任務に支障をきたしたら、この男がつけいる隙を作ってしまう。
でも、みすみす捨てるにはおしい話でもあった。しかし、乗るには代償が大きすぎる。
「その程度では、お前が有利なのには間違いない。私は勝つ賭けしかしない。」
セグは渋ってみせた。
「……そうか、それなら、さらに条件をつけてやる。お前が調べている間、私達はお前の邪魔をしない。だが、賭けをする場合に限ってだ。賭けをしない場合は、全力で防ぎにかかる。つまり、邪魔をする。お前の命を奪ってでも。」
つまり、賭けに乗らない、と言って去ろうとした瞬間に、殺される可能性も大きいということだ。
そもそも、ヴァドサ家に侵入すること自体が難しい。門番は一晩中いるし、夜警もいるのだ。自分達で行っているが、それは国王軍以上の警備だと言われているほどだ。そこに侵入している時点で、おかしい。何者かの手引きがある可能性もある。
それだけ、この男には自信があるのだ。勝てる自信が。そして、問題なくヴァドサ家から出て行ける自信がある。セグより武術の腕が立つだろう。セグは剣術の才能は人並みしかない。それくらい分かっていた。
最初から引くことができない賭け、ということだ。
「つまり、私が賭けをしない、と言った瞬間にお前は私を殺すのか?」
すると、男はくくく、と本当に楽しそうに笑った。
「その通りだ。殺すなら、とっくに殺している。その暇は十分にあった。今、こうしてお前が生きているのは、私に殺す気がなかったからだ。ただ、それだけの理由で、お前は生きている。」
だが、逆に言えば、男はどうしてもセグに賭けをさせたいのだ。脅してでもさせたい理由がある。この男の単純な趣味なのか。それとも、他に何か理由があるのか分からないが。
「……そうか。分かった。殺せばいい。」
セグはそれこそ、賭けに出た。
「なぜだ?」
「どう考えても、今の条件で賭けをしたって、私が負けるに決まっている。情報が少なすぎる。次の満月までに調べる?無理だ。そんなもの、分かるわけがない。」
あっさりセグが言ったので、男は意外だったようだ。
「…分かった。じゃあ、さらに特別に教えてやる。お前が乗ってこないのは、それはそれで興味が削がれる。」
興味?やはり、この男の趣味なのか。もしかしたら、一応の結末は予定しているが、それ以外に少しは“遊び”の要素があっても、いいような組織なのかもしれない。ただ“遊ばれる”方にしてみればいい迷惑な話だが。




