ヴァドサ家で起きた事件 2
「お前にもっと母親に対して、幻滅させる話をしてやる。」
「……。」
「凄いぞ。とうとう夫を毒殺するつもりだ。もう、役に立たないから、殺すつもりらしいな。死んで役に立つと言ったらしい。」
「!」
なぜ、この男はこんなことを知っている!?いや、もしかして、もしかすると、この男が母チャルナに悪事を吹き込んでいるのではないか?この男が黒幕なのではないか?
「嘘だ…!そんなことを、そこまでするわけがない。」
それはそれとして、思わず口走った言葉を聞いて、男は嬉しそうに喉を鳴らして笑った。
「そう、信じたいよなあ。なんせ、母親に違いないんだから。でも、現実だ。」
「…そんなわけはない。母に確かめる。」
理性的に考えている一方で、心では信じたくない自分がいる。その自分が勝手に口にしていた。すると、男はさらに愉快そうに笑った。
「ああ、お前は可哀想な息子だ。いや、可哀想な息子達だな。あんな母親で苦悩するだろう。同情するよ。」
たとえ本当に同情しているのだとしても、笑いながら言われたら馬鹿にされているとしか思えない。
「何を言いたい?」
「今夜、どんなに母親を待っても、帰ってこない。帰ってくるわけないな。今頃、“お楽しみ中”だろうよ。」
セグは剣を鞘走らせ、引き戸の向こうに隙間から刺した。だが、直前に男がさっと避けて外れに終わる。
「おっと、怒るな。だから、可哀想な息子だと言った。女の欲求を満たしてくれる男の元に行ったのさ。もう、分かるだろう。今日というか、昨日、誰が来ていたかを考えれば。」
「でたらめを言うな…!」
「大声を出すな。バムス・レルスリは恐ろしい男だぞ。その気がない女でも、バムス・レルスリが囁くだけで、その気にさせる。きっと、色々と喋るんだろうな。最初はマウダの一件で呼んだんだからな。その後、どうなったかは、ご想像の通りだ。」
「……嘘だ。」
「嘘じゃない。現に帰ってこないだろうが。」
そして、男は来客用の小さな離れに二人がいると伝えて、去って行った。
セグは悩んだが、結局、その離れに向かった。だが、側に近寄る前に意外な人物を目にして、慌てて木立の陰に隠れた。
ビレスである。たまたま射した月明かりの元、見たことがないほど厳しい表情で睨みつけるようにして、離れを見つめていた。
(伯父上は知っている…!)
セグは直感した。そうだ、「もう一度言いますが、離縁すると彼女が自分から言い出すようにします。」そんなことをバムスは言っていたではないか。きっと、それがこれなのだ。
そして、そのまま戻ると、母の部屋に向かった。彼女が見つかったらまずいと思っている物を隠す場所がある。物置の天井の板が外れていて、そこの梁の上にちょうど隠せるのだ。迷いなく、小箱を一つ下ろそうとして、細長い物が落ちてきた。音がしてしまったが、幸い誰にも気づかれなかったようだ。
使用人達も母の叱責を怖れて、あまり母の部屋に近寄らない。拾ってみると、間違いなく剣だ。しかも古びている。
(まさか、『流水』?)
思いながら抜いた剣を、かぼそいランプの明かりで確認すると、とまさしくその『流水』だった。子どもの頃、見せて貰ったことがある。
なぜ、売ったはずの剣がここにあるのか。疑問に思いながら、小箱も下ろすと、小箱の上に薄く埃が被った風呂敷もあった。その模様と色に見覚えがあった。
母がしばらく前、実家のルマカダ家に行って帰ってきた時だ。珍しく剣を持って帰ってきていた。細長いから何がくるまっているかすぐに分かる。その時は、父のユグスの剣を研ぎに出して持って帰ってきたとか、そんなことだろうと思っていた。
だが、分かった。これは、ルマカダ家がヴァドサ家の剣を売ったと知って、慌てて買い戻して母に渡したのだ。さっきの男は、それを知らなかったのだろうか。それとも、わざと言わなかったのか。
母はシークを攫うようにその金を払ったのだろうか。ヴァドサ家の剣を売った金で、ヴァドサ家の子息を攫うように依頼する……。セグは急に胸の奥が痛んだ。悲しすぎる。非情ではないか。
セグは急いで小箱を開けた。本来なら、書き写して取り出したことを気づかせないようにするべきだが、時間が無かった。いや、時間はあるかもしれない。しかし、セグはとりあえず、箱の中に持ってきておいた使い古した紙を中に入れ、中の重さを調整し、元通りに戻した。剣も戻しておいた。とりあえず、売っていないならば安心である。
だが、あの謎の男を安心させるには、買い戻すための費用を捻出しようとしているように見せかける必要がある。その上で、しっぽを捕まえなければ。
セグは自分の部屋に戻ると、母が隠していた書類を調べた。やはり、欲しいような決定的証拠になる物がほとんどなかった。が、ようやく『流水』を質に出した時の書類が見つかった。
他は持っていても、しょうがない書類なので、戻すことにした。その前に、一度、物置に行き、奥から使っていない見せかけの剣の竹光を持ってきた。
もう一度、母の部屋に戻り、書類を入れ替えた。竹光と『流水』を入れ替える。そうしておいて、部屋に戻り、質屋の書類を改めてよく見た。母のチャルナは、『流水』を二スクルと五十セルで売却していた。ほとんど二束三文で売ったようなものだ。
質屋の名前を確認すると、ヴァドサ家からは結構離れた場所にある、茶葉通りという街にある『うさぴょん質屋』という質屋で売ったらしい。ふざけた名前の質屋だ。
行って確認するしかない。セグは寝付けないまま、一晩を過ごした。




