表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

328/582

ヴァドサ家で起きた事件 2

「お前にもっと母親に対して、幻滅させる話をしてやる。」

「……。」

(すご)いぞ。とうとう夫を毒殺するつもりだ。もう、役に立たないから、殺すつもりらしいな。死んで役に立つと言ったらしい。」

「!」

 なぜ、この男はこんなことを知っている!?いや、もしかして、もしかすると、この男が母チャルナに悪事を吹き込んでいるのではないか?この男が黒幕なのではないか?

「嘘だ…!そんなことを、そこまでするわけがない。」

 それはそれとして、思わず口走った言葉を聞いて、男は嬉しそうに喉を鳴らして笑った。

「そう、信じたいよなあ。なんせ、母親に違いないんだから。でも、現実だ。」

「…そんなわけはない。母に確かめる。」

 理性的に考えている一方で、心では信じたくない自分がいる。その自分が勝手に口にしていた。すると、男はさらに愉快(ゆかい)そうに笑った。

「ああ、お前は可哀想な息子だ。いや、可哀想な息子達だな。あんな母親で苦悩するだろう。同情するよ。」

 たとえ本当に同情しているのだとしても、笑いながら言われたら馬鹿にされているとしか思えない。

「何を言いたい?」

「今夜、どんなに母親を待っても、帰ってこない。帰ってくるわけないな。今頃、“お楽しみ中”だろうよ。」

 セグは剣を(さや)走らせ、引き戸の向こうに隙間(すきま)から刺した。だが、直前に男がさっと避けて外れに終わる。

「おっと、怒るな。だから、可哀想な息子だと言った。女の欲求を満たしてくれる男の元に行ったのさ。もう、分かるだろう。今日というか、昨日、誰が来ていたかを考えれば。」

「でたらめを言うな…!」

「大声を出すな。バムス・レルスリは恐ろしい男だぞ。その気がない女でも、バムス・レルスリが(ささや)くだけで、その気にさせる。きっと、色々と(しゃべ)るんだろうな。最初はマウダの一件で呼んだんだからな。その後、どうなったかは、ご想像の通りだ。」

「……(うそ)だ。」

「嘘じゃない。現に帰ってこないだろうが。」

 そして、男は来客用の小さな離れに二人がいると伝えて、去って行った。

 セグは悩んだが、結局、その離れに向かった。だが、側に近寄る前に意外な人物を目にして、慌てて木立の陰に隠れた。

 ビレスである。たまたま射した月明かりの元、見たことがないほど(きび)しい表情で(にら)みつけるようにして、離れを見つめていた。

(伯父上は知っている…!)

 セグは直感した。そうだ、「もう一度言いますが、離縁すると彼女が自分から言い出すようにします。」そんなことをバムスは言っていたではないか。きっと、それがこれなのだ。

 そして、そのまま戻ると、母の部屋に向かった。彼女が見つかったらまずいと思っている物を隠す場所がある。物置の天井の板が外れていて、そこの(はり)の上にちょうど隠せるのだ。迷いなく、小箱を一つ下ろそうとして、細長い物が落ちてきた。音がしてしまったが、幸い誰にも気づかれなかったようだ。

 使用人達も母の叱責を怖れて、あまり母の部屋に近寄らない。拾ってみると、間違いなく剣だ。しかも古びている。

(まさか、『流水』?)

 思いながら抜いた剣を、かぼそいランプの明かりで確認すると、とまさしくその『流水』だった。子どもの頃、見せて(もら)ったことがある。

 なぜ、売ったはずの剣がここにあるのか。疑問に思いながら、小箱も下ろすと、小箱の上に薄く(ほこり)が被った風呂敷もあった。その模様と色に見覚えがあった。

 母がしばらく前、実家のルマカダ家に行って帰ってきた時だ。珍しく剣を持って帰ってきていた。細長いから何がくるまっているかすぐに分かる。その時は、父のユグスの剣を研ぎに出して持って帰ってきたとか、そんなことだろうと思っていた。

 だが、分かった。これは、ルマカダ家がヴァドサ家の剣を売ったと知って、慌てて買い戻して母に渡したのだ。さっきの男は、それを知らなかったのだろうか。それとも、わざと言わなかったのか。

 母はシークを(さら)うようにその金を払ったのだろうか。ヴァドサ家の剣を売った金で、ヴァドサ家の子息を攫うように依頼する……。セグは急に胸の奥が痛んだ。悲しすぎる。非情ではないか。

 セグは急いで小箱を開けた。本来なら、書き写して取り出したことを気づかせないようにするべきだが、時間が無かった。いや、時間はあるかもしれない。しかし、セグはとりあえず、箱の中に持ってきておいた使い古した紙を中に入れ、中の重さを調整し、元通りに戻した。剣も戻しておいた。とりあえず、売っていないならば安心である。

 だが、あの謎の男を安心させるには、買い戻すための費用を捻出(ねんしゅつ)しようとしているように見せかける必要がある。その上で、しっぽを捕まえなければ。

 セグは自分の部屋に戻ると、母が隠していた書類を調べた。やはり、欲しいような決定的証拠になる物がほとんどなかった。が、ようやく『流水』を質に出した時の書類が見つかった。

 他は持っていても、しょうがない書類なので、戻すことにした。その前に、一度、物置に行き、奥から使っていない見せかけの剣の竹光を持ってきた。

 もう一度、母の部屋に戻り、書類を入れ替えた。竹光と『流水』を入れ替える。そうしておいて、部屋に戻り、質屋の書類を改めてよく見た。母のチャルナは、『流水』を二スクルと五十セルで売却していた。ほとんど二束三文で売ったようなものだ。

 質屋の名前を確認すると、ヴァドサ家からは結構離れた場所にある、茶葉通りという街にある『うさぴょん質屋』という質屋で売ったらしい。ふざけた名前の質屋だ。

 行って確認するしかない。セグは寝付けないまま、一晩を過ごした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ