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ヴァドサ家で起きた事件 1

 セグは王とバムスがやってきた日、王が帰ったとき、見送りに立った後、戻る気がしなくて、子どもの頃、かくれんぼで隠れていた隠れ場所、ビレスの書斎の隣室の物置に隠れて座っていた。

 自分も加担したが、シークを(おとし)めるためにねつ造した事件が、重く心にのしかかっていた。苦しかった。シークのことだから、責任を重く感じて、死罪を免れても自害すると言い出してもおかしくない。

 それくらい分かっていた。でも、どうしたらいいのか。自分が優柔不断で、母とも兄弟とも不和を抱きたくないと思っているから、引き返すことができない所まで行ってしまった。

 そう思って、一人、現実逃避してそこに隠れていた。

 ところが、そこにいたせいで、もっと厳しい現実を知ってしまった。母のした悪事の数々。どうして、そこまでシークのことが嫌いなのだろう。自分はどうしたらいいのだろう。

 分かっている。母は父をも殺そうとしているのだ。

 しかし、疑問だった。どうやって、母はマウダに接触したのか。接触できたのか。なぜ、知っているのか。いや、それだけではない。どうやって、シークを剣士狩りに遭わせられるように、ならず者共を動かすことができたのか。どうやって、そのような裏の者と接触できたのか。何かがおかしかった。

 なぜだろう。嫌な感じがする。妙に手際が良すぎる。内部のことを知っている者が、関与しているのではないか。母のチャルナが動きやすいように手引きしている者が、ヴァドサ家の中にいるのではないか。

 そんなことを考えながら、セグは自分の部屋に戻って寝そべった。本家の邸宅から離れた離れ屋敷に住んでいる。本家の子供達より人数が少ないから、一人一人の部屋があった。

 寝付けなかった。母のチャルナが戻ってきたら、聞きたいことがあった。ぼんやりしている場合ではない。父を殺すことだけは、阻止しなくては。シークをこれ以上、傷つけるのも止めなくては。

 母が戻ってきたら、自分達、子供達の部屋の前を通っていくので、必ず分かるはずだ。 だが、母は戻ってこない。もう、真夜中を過ぎているのに。

 その時、引き戸の陰に人影が差した気がした。母のチャルナではない。家族の誰かでもない。

 セグは咄嗟(とっさ)に剣を(つか)んだ。

「殺気立つな。殺しに来たのではない。話をしに来ただけだ。」

 くぐもった声だった。たぶん、男だろう。

「お前がヴァドサ・シークと仲が良かったという従弟のヴァドサ・セグだな?」

「……。」

 セグは相手が何者か分かるまでは、慎重に見極めようと思った。

「お前、本当は後悔しているんだろう。従兄を()めるために嘘の証言をしたことを。」

「……。」

「だから、今日も一人、部屋に引きこもっていたのか?」

「……。」

「お前、知っているか。お前の母がしたことを?」

「お前の母親は、ヴァドサ・シークを(さら)うようにマウダに依頼した。」

「!っ。」

 思わず声を上げそうになって、飲み込んだ。男がそのことを知っていることに、セグは(おど)いた。引き戸の向こうの陰を凝視(ぎょうし)する。

「ほう、だんまりか。さすがは軍師・戦略部門に在籍しているだけあるか。こんなに悪どい母親の所業を聞かせているのに。」

「っ……。」

 思わず息を詰めていて、そっと深呼吸した。

「それだけではない。ヴァドサ・シークが十七の時、剣士狩りに()わせ、しかも生死を問わないと言ったらしい。」

「!」

 両手の拳を握りしめた。この男は自分に母の悪事を聞かせて何をしたいのだろうか。そこまで考え、気がついた。セグが書斎にいて、話を聞いてしまったことを、この男は知らないのだ。セグが初めて聞いていると思っている。ずっと、自分の部屋に引きこもっていたと思っているのだ。

 二回目だが、衝撃は一回目よりもあった。一度目はただただ、驚いていた。だが、今は考える余裕がある分、母のした所業について、考えていた分、腹の奥底に沈むようにその事実を受け止めざるを得なかった。

 泣きたくなくても、涙が出てきてすすり泣いた。

「衝撃だろう。甥を殺せと言うなんて。どっかの叔母と同じだな。」

 セグは声をころしながら、涙を(ぬぐ)った。

「私が不思議なのは、どうやってそんな大金を用意したのかということだ。どうやら、ヴァドサ家の家宝の剣を売ったらしい。まずは、夫の足が不自由になったので、それを機会に夫の剣を売ったらしい。次に、ヴァドサ家の蔵に入り、大切に保管されていた家宝の剣『流水』だかを売ったそうだ。蔵にあるのは、偽物らしいな。」

「……なぜ、そんなことを知っている?」

 とうとう涙声でセグは聞き返した。

「ああ、裏の商売人に聞いたんだよ。ヴァドサ家の嫁が剣を売ったとな。だが、表に出せば足がつくから、裏で高値で取引される。知っているか。その『流水』が十日後に売りに出されるそうだ。しばらく、寝かせてから売るからな。ようやく日の目を見るらしい。」

 つまり、男の計画はセグに家宝の剣を取り返させ、その際に高額の借金でも背負わせたいのか。だが、その前に確かめなくてはならない。本当に家宝の剣がなくなっているかどうか。

「相場はいくらだ?」

 とりあえず聞いてみる。

「やはり、気になるよな。『流水』の場合は、最低でも十スクルからだ。それより下になることはないだろう。」

「そうか。分かった。」

 そう答えたが、きっと母は安値で売っただろう。一スクルくらいで売ったのではないか。もう少し高かったとしても、五スクルくらいだろうか。

「意外に落ち着いているな。母はそんなことをしないとか、言わないのか?」

「母に幻滅している。だから、以外でもない。」

 すると、男は肩を揺らして笑った。

「どっかの子供と同じだな。王太子も母に幻滅しているらしい。」

 男の口調からして、王宮にも密偵がいるのか。ただの(うわさ)話にしては、確信を持っているのを感じた。


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