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ヴァドサ家の騒動 13

 カートン家の医師を呼びに行ったのは、結局、バムスの護衛のニピ族だった。内情を知っているギークとナークに玄関の迎えに行かせ、イーグも呼んでユグスの診察の間、側にいて(もら)うことにした。

 暖かくした書斎でユグスを診て貰った。医師は二人やってきて、静まりかえっている部屋で診察した。そして、隣の部屋に行き、ビレスとバムスを呼び、弟のユグス本人にも伝えるかどうか小声で聞かれた。

「なぜですか?よほど、弟は悪いのでしょうか?」

 ビレスの問いに二人は深刻な表情で(うなず)いた。

「はい。どうか、ご覚悟を。今度の冬を越せないかもしれません。」

 ビレスはびっくりした。

「なぜ、そんなに悪くなったのでしょうか?確かに今年の夏に夏風邪を引いて、その後から体調を崩しやすくなってはいましたが、まさか、そんなに早く悪くなるとは思えません。足の筋を傷めて杖が必要で、胸を打って以来、咳き込みやすくはなっていましたが、そんなに悪くありませんでした。」

 ビレスの説明に二人はますます暗い表情になる。

「先生方、どうか説明して下さい。はっきり言って下さい。お願いします。」

 黙って聞いていたバムスが横からはっきり言った。

「重要なことです。お願いします。」

 バムスが重ねて言うと、二人の医師は頷いた。

「…ではお伝えします。実は、弟さんは毒を盛られていると思います。」

 すぐには何を言われたのか理解できないでいるビレスを横に、バムスが隣で(うなず)いた。

「やはり、そうでしたか。もしかして、珍しい毒なのでは?」

 二人の医師はバムスを見た後、ビレスを見つめ、それから頷いた。

「レルスリ殿の仰るとおりです。今年の夏、ご子息が盛られた毒を大変微量にですが、盛られています。」

 ビレスを見ながら、深刻な表情で二人の医師は説明した。ビレスはシークがどんな毒を盛られたのかまで知らないので、(おどろ)きながら耳を傾ける。

「実はご子息が夏に、私達も混ぜようと思ったことのない、二種類の猛毒を混ぜて作った毒を盛られており、応援要請がありましたので、大勢が手伝いに行きました。その時の結果は、全国にいるカートン家にすぐに伝えられていて、私達もどんな毒でどのような方法で解毒し、回復させたか知っています。

 それがあったから、今、分かったのです。そうでなくては、私達でも気づかなかったでしょう。なんせ、耳かき一匙(ひとさじ)で雄牛が一頭死ぬような毒を大変微量に盛ったので、すぐに死なないでいる。おそらくの推測でしかありませんが、夏風邪も怪しい。ご子息が盛られた毒と本当にそっくりです。」

 ビレスは像のように固まったまま、動けなかった。嫌な予感がするし、嫌な予想が頭をよぎる。

「…先生、年明けまで持ちますか?」

 ビレスが固い声で聞くと、二人は首を振った。

「持つか持たないかというところでしょう。今、手を打てば何とか春まで持つかもしれませんが。それ以上は分かりません。」

「それは非常にまずいですね。もし、ユグス殿が亡くなれば、シーク殿の結婚式どころではなくなる。」

 バムスがビレスが見たくないと思った現実を告げた。突きつけられると、とても胸が痛んだ。シークの結婚式という、祝われるべき式典を潰そうというのか。そこまでして、足を引っ張りたいのか。そのために、そのためだけにユグスを殺すのか。

「そうなれば、陛下のご命令を遂行できなくなって、ヴァドサ家だけでなくセルゲス公殿下の面子も(つぶ)れる。人の(うわさ)は恐ろしいものです。殿下のことを人を不幸にする王子だと宣伝し、社会的に抹殺しようというのかもしれません。」

 ビレスは戦慄(せんりつ)した。そこまでの謀略が降りかかってきているとは、想像もしていなかった。シークがユグスが可哀想で、胸が痛くて涙を(こら)えられなかった。声もなく泣いているビレスを見て、医師の一人が腕を支えてくれた。

「…泣くのを我慢しなさいと言われますが、泣きたいときには泣いて下さい。」

 しばらく泣いてから、ビレスは涙を拭って顔を上げた。部屋に待機させている息子達が、側によって話を聞いているのを分かっていたが、ビレスは口を開いた。

「チャルナですか?彼女が毒を盛っているのでしょうか?それとも…。」

「考えられるのは、いつも薬を飲ませる人がその中に入れているか、サクン家は医師が薬を処方せず、薬師が処方箋を見て調合するため、薬師が混ぜているのか、分かりません。はっきりしたことは何とも。」

 医師の二人は困ったように答えた。

「私が調べます。」

 バムスがはっきり言った。

「これは、(つな)がっています。なんとなく足がかりが見えてきました。いつも先手を取られますが…彼らの計画を狂わせましょう。」

 バムスは口元に微笑みを浮かべていたが、目は挑戦的に(きら)めいていた。“彼ら”とは何なのかビレスには分からなかったが、バムスには見えているようだった。謀略を仕掛けてきた者達の姿が。

「総領殿。謀略が蜘蛛の網の巣のように広げられていますが、ユグス殿の葬式ではなく、ご子息のシーク殿の結婚式を挙げましょう。」

「…上手くいくでしょうか?」

「必ず上手くいくようにします。失敗すれば死ぬしかない。そんなことには、ならないようにします。」

 バムスは優男だと言われているが、見た目の穏やかな貴公子ぶりとは反対に、剣術をさせればきっと攻め重視の戦術を採るだろう。しかも、守りも堅実なはず。攻めにくい相手だろう。だから、八大貴族の筆頭なのだ。

「ラクーサ先生、ビリアル先生、お二人ともお願いします。」

 バムスは二人の医師に微笑みかける。

「…そういえば、お二人は…。」

 名前を聞いていなくて、ビレスが二人に視線を向けると二人とも苦笑した。

「そういえば、自己紹介がまだでしたか。私はラクーサ・カートン、有名なランゲルのすぐ上の兄です。」

「私はビリアル・カートン、有名なランゲルのすぐ下の弟です。」

「初めまして。私はヴァドサ・ビレスです。」

 挨拶を済ませると、バムスはさっそく言った。

「ユグス殿には、毒が盛られていると話さない方がいいでしょう。驚きのあまり、悪化するといけません。」

 そう言った後、難しい顔でもう一度バムスは確認してきた。

「ビレス殿。義妹のチャルナ殿についてですが、本当に私でいいですか?手段は問わず、何があったかも聞かないで下さい。彼女に最終的に確認して、その後の行動も確かめてからにはなりますが、彼女が自ら離縁すると申し出るようにします。」

「甥達のことさえ、彼らの人生がこれ以上、母親に振り回されないようになれば、それでいいです。弟には私が言い聞かせます。」

 なんとなくバムスが何をするつもりなのか、分かったような気がしたビレスはそう答えた。

「ご安心を。ユグス殿にはまず、私が話をします。二人だけで話をしたいのですが。」

 ビレスは頷いた。もう、自分がどうこうできる範囲を越えている。こんなに二重、三重に張り巡らされた罠をどうやって、見つけてかいくぐればいいのだろう。

「分かりました。そうして下さい。他に私に出来ることはありますか?」

「そうですね。おそらく、屋敷内の使用人達を含め、敷地内に住んでいる人達に話を聞くことがあると思います。そうなった時、たびたびお邪魔して話を聞きにくるかと思いますので、ご協力をお願いしたいと思います。」

 バムスの答えにビレスは頷いた。

「分かりました。そうなった時にまた、伝えることとして、今はありますか?」

 バムスはにっこりした。

「ユグス殿を休ませて下さい。とてもきつそうでした。」


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