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ヴァドサ家の騒動 12

 王とバムスが来ていたので、病がちのユグスも起きだして来ていた。チャルナも一応同席してはいたが、不満が顔に表れていた。

 やがてユグスがやってきた。足を悪くしたので杖をついている。不安そうな表情を浮かべて部屋に入ってきた。ビレスは座るのを手伝った。ユグスを連れてきたヌイと呼ばれていたニピ族も、手伝ってくれた。

 バムスは淡々と、チャルナがシークを(さら)うように金を払ったことを伝えた。ユグスは目を丸くし、それからビレスを見つめ、両手で顔を(おお)って泣き出した。

「…なんてことを…!私は…チャルナを受け入れて…愛そうと努力してきた。ずっと、そうしてきた。それなのに…。ビレス兄さんに申し訳ない。

 子供達のことも…そうだ。夫婦として関係は求めてくるから…子供が生まれたら、落ち着いてくれるかと思った。でも、彼女は自分の手足が欲しかっただけのようだ。駒として扱われて子供達がかわいそうだ。

 それに…彼女は私が足を悪くしてからは、私に見向きもしなくなった。私も子供達も、彼女にとって一体何だったのか…。」

 よほど、胸の内に()めていたのだろう。ユグスの涙はしばらく止まらなかった。

「…それに知っている。ビレス兄さんは隠していたが、シークが十七の時、剣士狩りにたった。あれは、チャルナの差し金だろう。本当に申し訳ない。

 全て私のせいだ。私がふがいないから、妻一人、説得もできない。共に歩もうともしてくれない。こうなったら、私はチャルナを斬って私も死のう。そうするしかない。」

 ビレスも弟の気持ちは分かった。だが、それを許すわけにはいかなかった。

「ユグス。待ってくれ。お前の気持ちは分かるが、それをしてはいけない。それをすると、シークが一番、傷ついてしまう。実は陛下に家族の問題を解決するように言われている。シークは叔母との関係を修復したいと言ったそうだ。」

 ユグスは目を丸くして、さらに泣き出した。

「…シークは…優しい子だ。だが、チャルナはそんな人じゃない。シークの優しさにつけこんで、もっとひどいことになるかもしれない。もう、これ以上あの子を傷つけたくないし、子供達を悩ませたくない。ティグス、セグ、ドリスは母のことで悩んでいる。」

 ユグスは言った後、ため息をついた。

「分かった。シークが親衛隊に任命された後、子供達の様子がおかしかった。下の三人の子達がしばらく帰って来なくて、軍の用事でそうなったと言っていたが、帰ってきてからも様子が変だった。物(すご)く落ち込んで、セグは部屋で泣いていた。どうしたのか聞いても固く口を閉ざすばかりで…。

 さっき、道場で話したように、誤解で犯人だと思われたのではなく、最初からシークに濡れ衣を着せようと、うちの子達が何かしでかしたのだろう。チャルナが何か言ったに違いない。だから、わざわざリーグスとフィグが前線から帰ってきたわけだ。

 シークを(おとし)めるためだけに。私の責任だ。私がきちんと子供達のことを育てられないから、こうなっている。ビレス兄さん、私のことは構わないから、もう、これ以上、チャルナが過ちを犯さないように、ビレス兄さんが思うとおりに罰して欲しい。」

 ユグスは泣きながら言ったが、それだけで肩で大きく息をしていた。

「ユグス、少しの間に悪くなったようだ。この間まで、ここまで悪くなかっただろう?」

 ビレスが心配になって言うと、暗がりのランプの明かりの下で、ユグスは(はかな)げに笑った。

「きっと、寒くなってきたからだろう。最近は、悪寒がずっと抜けなくて。特にこの秋は寒さを感じて…。」

「先生は何と?」

「寒くなってきたからだと。暖かくして休んでいなさいと。夏風邪で高熱を出したが、その後回復が遅くなっていて、それの影響もあるだろうと仰っていた。あれ以来、だるくて厠に行くのも辛かったが、今はなんとか回復した。その代わり寒さを感じている。」

 ビレスはふと、視線を感じて横を見た。すると、バムスがびっくりするほど(きび)しい表情を浮かべて二人を見ていた。

「どうなさいましたか?」

 ビレスが聞くと、少しためらった様子だったが、結局バムスは口を開いた。

「さしでがましいようですが…どの医者の家門で診て貰っていますか?」

「え…?」

 まさか、医者の家門について聞かれるとは思わず、二人は少し戸惑った。

「当家では代々サクン家の先生方に診て頂いています。」

「…打ち身や外傷に詳しい家門ですね。しかし、ユグス殿はカートン家の医師に診て頂くことをおすすめします。いや…必ずカートン家の医師に診て貰った方がいい。そうして頂きたいのです。」

 真剣な表情でじっと二人を見つめている。思わずビレスは、背中がぞくっとした。本当のバムスはこんな表情をする人なのだ。昼間、王に言われてケイレ相手に、シークの恋文を添削したとかで、その内容をそらんじてみせた時とは、全く違う。淡々とした瞳は、考えていること全てを見透かされそうな錯覚(さっかく)(おちい)る。

「……必ずですか?」

「はい。できれば今すぐに。その結果次第で、これからどうするべきかの対応が変わります。」

 バムスは王に任されて、シークの濡れ衣の一件も調べている。その彼がすぐに診て貰うように、とは重大事だとビレスは感じた。きっと、何か関係がある。

「…あの、私の病状が何か関係が?」

 ユグスが当惑した表情を浮かべた。日が落ちた部屋の中で顔色が悪かったが、余計に顔色が悪くなっている。

「…ご心配なく。私は実は心配性なのです。気になり出すと、結果を見てからでないと動けないのです。申し訳ありませんが、そうして頂けるとありがたいのですが。」

 バムスは途端に、穏やかな笑みを浮かべてユグスを安心させる。ビレスは納得した。バムスは最大限に自分の容姿を生かし切っている。容姿で足りぬ所は、語り口やその頭脳で補っているのだ。

「分かりました。すぐにカートン家の医師を呼びます。内密に呼んだ方がいいのでしょう?」

 ビレスが言うと、バムスはにっこり微笑んだ。

「ええ。そうして頂けるとありがたいです。」

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