ヴァドサ家の騒動 11
残されたバムスは、ヴァドサ流の一同にもう一度話せる範囲でことの次第を説明した。さっきより話す部分は曖昧で少ないが、それでも驚きのあまり、一同から殺気を飛ばされた。だが、微笑みの貴公子のバムスの最上の笑みを向けると、うぶな人が多い一同は圧倒されて、気勢をそがれてしまった。
殺気を飛ばしてくる相手の目線を受け止め、じっと見つめ返し、困ったように微笑むと大抵、勢いが尻すぼみになってしまう。
さっきの恋文の件で、彼らが非常にうぶだということが分かっている。シークだけではない。ヴァドサ流の剣術が実践的で強いことは、シークを見て分かっている。彼らに本気で暴れられたら太刀打ちできない。
そこで、バムスはにっこり微笑みながら、先手を打って自分と王が味方だと彼らに思わせることに成功した。彼らもバムスがシークの命の恩人であることは理解した。
ヴァドサ流の剣士達はことごとく、バムスの蕩けるような微笑みに負けた。そして、王とバムスは自分達に期待していると思った。バムスは巧みに、彼らにバムスが味方だと思わせることに成功したのだった。
ビレスは王が中立を保て、と命じたことを思い出していた。でも、それなら、なぜ、バムスに任せて行ったのだろう。常に王側についていれば、中立?それも違うだろう。
「総領殿、いかがなさいましたか?」
ビレスが考え込んでいると、そのバムスに声をかけられた。真摯な目で見てくるので、疑っているとも言えず困ってしまう。
「もしかして、私の言動が理解できませんか?」
「…あ、いえ、それは。」
ビレスはバムスの鋭さに慌ててしまったが、バムスは少し考え込んでから口を開いた。
「ご子息はとても真面目で誠実な人柄です。そのため、私もその真面目で誠実な人柄を守りたいと思いました。殿下をお守りするのに、もっとも必要なことだからです。
セルゲス公殿下は、大変不遇で不憫なお方です。私は、もっと殿下に幸せになって頂きたいのです。早くに両親を亡くした孤児でもあります。ですから、殿下の麗しいご容姿に惑わされることなく、殿下にお仕えできるご子息は、大変貴重な人材です。
陛下は政局でどっちについているとか、関係なく立場を保てということを仰っておられます。」
バムスの説明にビレスは、今度は納得できた。噂よりもバムスは公平な人らしい。
「分かりました。ありがとうございます。息子を助けて頂いたことも、感謝しています。」
「二人で話をしたいのですが。」
頃合いを見て、バムスは申し出た。今は武術の演武や試合の後、食事会に移行していた。ビレスは場を長男のアレスに任せて立ち上がり、自分の書斎に案内した。
「話とは何でしょう?」
「ルマカダ家から嫁いできた義妹殿についてです。彼女の息子達は、軍内でシーク殿に対するよくない噂を立てています。今回は噂だけでなく事件をねつ造したのです。
彼女の子供達の中で、シーク殿より年下の者達は、彼に面倒を見て貰った恩があるので、少し戸惑いが見えます。母の要求に困っている節があるようです。
しかし、上の二人は特にシーク殿に敵意があるように見受けられます。この事件が公にされなかったため、総領殿、あなたの義妹殿はさらなる悪事を行ったと情報が入っています。」
ビレスはチャルナの扱いに困っていた。弟のユグスに嫁いだが、ユグスは怪我が元で伏せがちになり、すっかり病弱になってしまった。ユグスがチャルナをきちんと見ていられないのが現状だ。
「何をしたのでしょうか?」
「マウダにご子息のシーク殿を攫うように頼んで、金を払ったのです。」
ビレスは一瞬、何を言われたのか分からなかった。バムスを凝視したが、嘘を言っているようには見えなかった。
「…なんと仰いましたか?」
「ですから、マウダにご子息を攫うように金を払ったのです。」
胸が痛くなった。拳をあぐらをかいた両膝の上で握りしめる。
「それで、シークは無事だったのですか?」
「はい。人望が厚かったので助かったと。みんなで彼を取り返しに走ったので、無事に助けられたようです。」
ビレスは大きく息を吐いた。
「…教えて下さってありがとうございます。」
なんということだろう。これでは王に言われたように、関係を修復するどころではない。シークが優しい性格をしていると分かっているので、深く傷ついただろうとビレスは案じた。
「しかし、ご子息は余計に叔母との関係を修復しようと考えているそうです。こうなったのも、早く関係を修復しておかなかったからだと。」
シークらしい言葉に、ビレスは胸が詰まった。だが、どうしたらいいのか。チャルナの不満は自分と結婚できなかったことに始まっているのに。苦悩しているビレスを見て、バムスが口を開いた。
「余計なこととは存じますが、しかし、この一件を任された以上、無関係でもありません。私にどうして、義妹殿がご子息に対して敵意を持っているのか、話して頂けませんか。」
ビレスはため息をついた。だが、こうなった以上、話すしかない。覚悟を決めて、ビレスは経緯を話した。チャルナが本当は自分と結婚できると思っていたことや、向こうの両親に泣きつかれて、仕方なく弟のユグスがチャルナと結婚したことを説明した。ユグスが怪我が元で病がちになり、余計にチャルナが荒れていることも。自分は貧乏くじを引いたと思っている。
バムスは考え込んでいたが、ビレスに申し出た。
「もし、義妹殿が自分から離縁して、ヴァドサ家を離れると言えば、認めますか?子供達はヴァドサ家に属することを条件とし、ここに留まるか家を出るかは自分で決めさせる。義妹殿には、ヴァドサ家を追い出されたとか決して言わないと約束をさせます。」
ビレスはびっくりしていたが、ぎこちなく頷いた。
「そんなに…都合良くいくものかどうかは分かりませんが、しかし、チャルナが自分から、離縁して出て行くというのなら、止めはしません。」
「そうですか。私に任せて頂けるなら、そうできます。ただし、方法については何も追求せず、ただ、私の言うとおりにして頂くという条件がありますが。」
ビレスはしばらく葛藤したが、これもシークのためだ。しかも、親衛隊になっており、今までのようにはいかない。ただの嫌がらせの次元を遙かに超えている。濡れ衣の事件だけでも…いや、剣士狩りに遭わせただけでも許しがたいと思っていたのに、もう、限界だった。
ケイレのためでもあり、家族の平和のためでもある。そして、何より不満を抱き続けるチャルナのためでもあった。
「分かりました。そうして下さい。レルスリ殿の言われる通りにします。チャルナをヴァドサ家に受け入れるように努力してきましたが、もう私も我慢の限界を超えました。ルマカダ家でも問題になっています。シークが努力した所で、あの子が余計に傷ついてしまうだけです。」
ビレスの決心にバムスは頷いた。
「では、まず弟のユグス殿を呼んで頂けますか?呼んでいいのなら、私の護衛が呼びに行きます。」
ビレスが頷くとバムスはニピ族の護衛を呼んで、ユグスを呼びに行かせた。




