ヴァドサ家の騒動 7
応接間に王と八大貴族のバムスが座っている。
ビレス、ケイレ、呼ばれたギーク、ナーク、イーグの五人は緊張して相対していた。周りには王の親衛隊が囲んでいる。だが、いよいよ肝心の話が始まる段になると、王は彼らに下がるように命じた。侍従のナルダンだけが控えている。バムスの護衛のニピ族も一人だけが控え、後は下がった。
それでも、すぐ近くにいることは気配で分かっていた。
「お前達が私に何かするとは思っておらん。お前達の息子である、ヴァドサ・シークを見れば明らかだ。他の息子達も兄思いの良い息子達だ。」
王は言って、ビレス達家族を眺めた。
「お褒め頂いて恐縮です。」
「だが、不協和音が出ている。そのせいで……。名前を全ていちいち言うのは面倒だ。」
王は一人でつぶやき、ビレスに確認を取る。だが、王の確認はあってないようなものだ。
「お前達はみんなヴァドサだ。そこで、夫人以外、面倒だから、姓ではなく名前で呼ばせて貰う。」
「はい。承知致しました。」
ふむ、と王は頷いてから話の続きを話す。
「そのせいで、シークは命を失う所だった。名誉も全て失う所だった。お前の息子は、従兄弟や叔母との不和を解消することを望んでいる。そのため、そうするための時間を与える。ただし、それができない時は、必ず従兄弟達を罰すると言ってある。
私はすぐさま、事件を公表し国王軍のてこ入れをしようと思ったが、そうしてしまうとシークと約束した時間を与えることができない。」
家族は驚いて王を見つめた。まさか、王が親衛隊の隊長を務めているとはいえ、シークとの約束を守るために、事件の公表を控えているとは思わなかった。
「…シークはグイニスを命がけで何度も守った。それが任務であるとはいえ、私も想定外の事件が次々と起こったのにも関わらず、盾となって守っている。
私が最も意外だったのは、たった数日でグイニスがお前達の息子に懐いたことだ。あの子は…グイニスは幼い所がある。護衛のニピ族が焼き餅を焼くほど、グイニスはシークにべったりだった。私が見た時は、抱きついて甘えていた。」
王の言葉を家族は黙って聞いているしかなかった。以前、ケイレがビレスに、最も出世するのはシークだと言ったことがあったが、実際にそうなった。しかも、子守経験が長いシークであるから、任務が全うできているようにしか思えなかった。
「今、シークは…ヴァドサ家はといった方がいいかもしれないが、とりあえずお前達の息子は、私の甥であるグイニスの護衛についたことにより、謀略のただ中にあるといっていいだろう。」
王の口から謀略の中にあると言われて、不安になるが聞いているしかなかった。
「まず、シークにとっての従兄弟達、ビレス、お前にとっては甥達が起こした事件だが、彼ら単独の事件ではない。それは覚えておくように。ルマカダ家から嫁いできたという義妹に目を光らせておくべきだ。本来なら、厳しく罰するべきだが、今しばらくお前の息子のために、猶予を与える。
もし、ヴァドサ家内で片をつけられなかったら、私が罰する。私が動けば、手を緩めぬぞ。それが嫌ならば、それまでに必ず片をつけよ。」
「はい、承知致しました。お心遣い、感謝申し上げます。」
ビレスが頭を下げ、ケイレ以下、兄弟達も父と同じように頭を下げる。それを黙って見ていた王だったが、突然、ふっと笑い出した。
「なるほど、やはり、兄弟家族だ。似ている。あまりに似ていておかしくなった。」
王は言ったが、さらに吹き出して笑う。
「そのように困ったような顔をするな。あまりに親子そっくりで笑いが止まらない。」
困り切っている親子の前で、王はさんざん笑った後、仰天することを口にした。
「…ああ、本当は言うつもりはなかった。だが、言っておこう。あれは…シークは任務中に起きたことは決して口にするまい。シークは二回ほど毒を食らわされた。毒殺されそうになったのだ。」
「…ど、毒をですか?」
思わずケイレが両手を口に当てて聞き返した。涙が両目に浮かぶ。
「ヴァドサ夫人よ。心配であろう。だが、グイニス付きの宮廷医が優秀だったおかげで、助かった。シークは優秀で有能な上、誠実な性格だ。それが命を助けた。一度目は珍しい毒を二種混ぜた、カートン家の医師も初めての混合毒で、二度目は致死量のボソの草を食わされたそうだ。」
「…ボソの草ですか?」
めったに聞かない薬草の名前を聞いて、ビレスが聞き返した。
「知っていたか?」
「はい。とんでもないものを。」
王は頷いた。
「お前の息子の名誉を貶めるためだ。頑張ったぞ、シークは。その場で狂わなかった上に、グイニスを殺しに現れた刺客を斬ったそうだ。尋常ではない。」
ケイレは押し黙った。ギーク達三人はボソの草を知らないので、きょとんとしていたが、両親の様子から兄が、何かとんでもない物を食べさせられたのは理解した。
「その上、その時は一度目の毒を食らってから二、三日しか経っておらず、死にかけて奇跡的に助かった直後のことだったそうだ。高熱でフラフラし、それでも任務のため、グイニスのために、医師に無理を言ってなんとか歩けるようにして貰ったらしい。
私が会った時は、まともに歩くことすらできなかった。剣も握れず取り落としていた。」
家族は耳を疑った。剣すら握れなくなってしまうほど、弱った姿を見たことがなかった。いつも、元気にしていたからだ。ケイレがたまらず、泣き始めた。涙がこぼれ落ちている。




