ヴァドサ家の騒動 6
それから、さらに数日後。
三人はイゴン将軍の呼び出しを受けて、ようやく軍に出勤した。緊張しながら、イゴン将軍の前に出ると、人払いされた部屋の中で告げられた。
「三人に告げる。お前達の兄の嫌疑は晴れた。完全に濡れ衣なので、安心するようにと。」
イゴン将軍のその言葉で、三人は飛び上がりたいほど嬉しかったし、全身から力が抜けそうなほど、安心した。
「これを誰かに話したか?」
「両親にだけ話しました。」
ギークが答えると、イゴン将軍は頷いた。
「濡れ衣は晴れたが、ただし、なかったことにするように。」
イゴン将軍の言葉に、三人は顔を見合わせた。
「たとえ、家であっても、今回の事件について従兄弟達に追求してはならない。」
「な…!」
口を開こうとしたギークを抑え、ナークが代わりに尋ねた。
「申し訳ありませんが、将軍、もし、よろしければ、その理由を教えて頂けませんか?」
「お前達三人の兄は、親衛隊に配属されている。つまり、セルゲス公の護衛だが、漏らせばセルゲス公のお立場など、そういうことにも関わるからだ。だから、言いたいことがどんなにあっても、我慢してくれ。レルスリ殿もそうするべきだと。」
三人は仕方なく返事した。だが、気持ちの中では承服できるはずもなかった。
「我慢してくれ。それが、お前達の兄に対して、今一番出来る最善だ。陛下もレルスリ殿からの連絡を受けて、仕方なく納得された。もし、大げさにすればお前達の兄が一番、傷つくからと。」
一番シークが傷つくと言われて、ギークもナークもイーグもはっとした。三人とも怒りのあまり、シークの気持ちを考えるのを忘れていた。
「分かりました。」
三人は頷いて、ナークが発言した。
「イゴン将軍、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「先ほど、レルスリ殿の連絡を受けて、と仰いましたが、レルスリ殿ご本人が来られたのではないのですか?」
「そうだ。早馬で連絡が来た。」
イゴン将軍は言った後、少し考えてから口を開いた。
「お前達にだけ話すことがある。ご両親にもこれは伝えるべきだ。じきに事件として、大騒ぎになるだろう。」
「何かあったのですか?」
おそるおそるナークが尋ねると、将軍は頷いた。
「セルゲス公が狙われる事件が起きた。大街道に放火された上、避難した下の街道に大勢のならず者が現れ、親衛隊とセルゲス公を狙ったと。その時、普通の市民が戦闘に巻き込まれたらしい。日が落ちてからの事件だったので、多数の死傷者が出たようだ。」
三人は驚愕した。まさか、本当にそんな事態になるとは思わなかった。シークのいつ死んでもいい覚悟で行く、というのは大げさすぎると思っていた。セルゲス公は王子なのだ。王子をここまで大々的に狙うなど、前代未聞の事件である。
「それで、兄は無事だったんですか?」
ギークが尋ねると、イゴン将軍は難しい顔で口を開いた。
「命に別状はないが、負傷したそうだ。セルゲス公を抱えて、一晩中、森の中を走り回って敵を斬り続けたと。ただ、一時、任務が出来ないので、副隊長が隊長の代行を務めるということだった。」
つまり、任務ができないほどの負傷であるということだ。しかも、ニピ族の護衛も一人いる話だったはずだが、その護衛ともはぐれた…もしくは、離れざるを得なかった、という危険な状態を想定するしかなかった。
「大街道の事件は公にされるが、セルゲス公が狙われた事については、公表されないことになっている。お前達、三人にだからこの話をした。ご両親にだけ話し、他には他言無用だ。」
三人はただただ驚いていた。シークでなければできない芸当だったのではないか。そもそも、心の病だとか気が狂っているとか噂の、セルゲス公を抱きかかえて走るなど、やはり、子守の経験が長いシークだからできたのだとしか思えない。
「分かりました。教えて頂きありがとうございました。」
「私もこれから状況を調べに行く。ヴァドサ・ナーク、ついてくるか?」
指名されて驚いたナークだったが、ギークとイーグがすぐに行け、と頷いたので、ナークはすぐに了承した。
「はい。もちろんです。」
こうして、両親にだけ事件について話した。
また、ナークはイゴン将軍と共に事件について、調べた。イゴン将軍と、ティールのカートン家の施設でシークに面会に行ったが、眠っていて話ができなかった。
命に別状はないとはいえ、想像以上にひどい怪我だった。薬で眠らせないと、激痛が走って寝ていられない、というベリー医師の説明を受けて、イゴン将軍とびっくりした。背中じゅう痣だらけで包帯だらけだった。
「弟さんが来たと伝えておこうか。」
「いいえ、イゴン将軍と仕事で来ただけです。私が来たと兄が知ったら、家族に心配をかけていると思い、任務に集中できなくなるでしょう。黙っていて下さい。それでいいので。兄のことをよろしく頼みます。」
ナークの説明にベリー医師は納得した様子だった。ナークは帰って行ったが、ベリー医師は兄弟だからどこか似ているし、兄弟揃って礼儀正しいと思ったのだった。
それから、十日ほど経ってから、ヴァドサ家ではシークが勝手に解消していった婚約について、話し合われた。みんな、公にされていないとはいえ、大街道の事件は、セルゲス公を狙っての事件だと分かっていた。
だから、長老達をはじめ勝手に破棄した婚約も、こんなに大変な任務なら仕方ないと納得し、大目に見た。
しかも、話し合いの会場である道場は、祝賀の陽気に包まれていた。というのも、アミラの妊娠が分かったからだ。婚約した後、子供が出来てから結婚するサリカタ王国では、これで正式に結婚させられると、喜びに包まれていたのである。
全く何も知らない長老達は、のんきに喜んでいたが、ビレスは内心でほっとしていた。事件が公にならないように、シークのためを思って、バムスが内密に処理してくれたからだ。
アミラの妊娠をシークに知らせようと、長老達は張り切ったがビレスを始め、ギーク、ナーク、イーグが任務に集中できなくなると必死に止めたので、訝しみながらもなんとか納得した。
ビレスは妻ケイレの同席の元、ギーク、ナーク、イーグを呼んで話した。機会があったら、バムスに必ず礼を言い、ヴァドサ家に足を運んで貰うようにと。
ところが、数ヶ月後。
ギーク、ナーク、イーグは突然、それぞれ三日間の休みを与えられて家に帰された。みんなで不思議がっていた所、バムスが突然、ヴァドサ家にやってきて、なぜか王も一緒にやってきたのである。




