ヴァドサ家の騒動 2
そして、シークが出発して数日後。
さらに大事件が起きた。
ギーク、ナーク、イーグの三人は、なぜか一つの部屋に呼び集められた。
「嫌な予感がするなー。」
ナークがぼやいた。ナークは軍師・軍略部門にいる。
「まあ…嫌な予感がするのは、一緒だけど。」
イーグも呟いた。今、イーグは教官をしている。ギークは部隊長で街の警備に当たっていた。全員違う部署にいるのに、同じ部屋に呼び集められたのだ。
「ギーク兄さん、何か聞いてる?」
苦虫を噛みつぶしたような顔で黙り込んでいるギークを二人は振り返った。
「いいや…。でも、シーク兄さんのことに決まってるだろうな。」
三人がそれぞれ考えて黙り込んだとき、審問部の兵が二人入ってきたので、兄弟達は顔を見合わせた。
「まず、点呼を取る。ヴァドサ・ギーク、ヴァドサ・ナーク、ヴァドサ・イーグ、この三人で間違いないな?」
「はい。」
兄弟達は訝しみながら返事した。
「君達は、なぜ、ここに呼び集められたか、その理由が分かるか?」
審問官が尋ねた。
「いいえ。」
「では、尋ねる。君達の兄、ヴァドサ・シークについてだが、彼にある嫌疑がかかっている。」
嫌疑と聞いて、三人は身構えた。
「連続強姦事件の犯人として名が上がっているが、何か知っているか?」
「……?」
三人とも、すぐには何を言われたのか分からなかった。思わず顔を見合わせる。
「どうなのだ?すぐに答えられないということは、嫌疑は本当なのか。」
「審問官。申し訳ありませんが、もう一度、言って頂けませんか?」
ナークが手を上げて尋ねた。
「分かった。もう一度、尋ねる。ヴァドサ・シークに連続強姦事件の嫌疑がかかっている。これについて、何か知っているか?」
「!!」
三人は一瞬、息が止まったかと思った。ナークとイーグが顔を見合わせている間に、ギークが前に進み、怒鳴った。
「嘘に決まってんだろうが!!誰だ、そんな嘘を言った奴は!!!」
物凄い剣幕で審問官につかみかかった。ナークとイーグは慌ててギークを取り押さえにかかった。
「落ち着け…!馬鹿、相手は審問官だぞ…!」
「シーク兄さん…違った、ギーク兄さん、まずい、暴力沙汰にしたら、シーク兄さんの立場が余計に悪くなる…!」
弟二人に抑えられ、ようやくギークは審問官から離れたが、弟二人はギークから手を離せなかった。父のビレスに対し、唯一怒鳴り返して反抗できる、兄弟親族の中で一番の怖い物知らずがギークだ。こういう場合もそうである。
「そっちの二人はどうだ?」
審問官は慣れているのか、変わらぬ態度でナークとイーグにも返事を求めた。
「嘘だとしか思えません。兄は真面目な人です。そんなことをする人ではありません。子どもの頃から知っています。一番子守をしていて、一番優しいと思います。」
「そうです。女性にそんなことをするなんて、あり得ません。婚約者とも、なかなかそんな関係になれなかった人が、女性に構わず手を出すような犯罪を犯せるはずがありません。」
二人はとにかく必死に言ったのだが、審問官達は考え込んだ。
「…子守をしているなら、子供に慣れているな。どうだ、酒を飲んだ時にはどうなった?」
審問官の妙な言葉にひっかかりを覚えながらも、落ち着いたギークも含めて答える。
「そもそも、兄はあまり酒を普段から飲みません。」
「はい。私達も含めてですが、ヴァドサ家で国王軍に入隊し、任務がある者は、普段から酒を飲まないようにしています。」
「たとえ飲んでも、飲みすぎて訳が分からなくなるような飲み方はしません。」
「ふむ。つまり、限界まで飲んだ場合、どうなるかは不明ということだな。」
審問官の言葉に、三人は胸騒ぎがした。最初から犯人と決めてかかっているような物言いである。従兄弟達に何か言われたな、と三人は直感した。
「お尋ねしてもいいですか?」
ナークが口を開いた。何か書き込んでいる審問官とは別の審問官が許可した。
「兄が犯人だと言ったのは、もしかしてリーグスですか?」
リーグスは従兄で一番、シークを目の敵にしている。審問官の二人は顔を見合わせた。
「それに答える前に聞くが、君達の一族は皆、同じ所に住んでいるのか?」
「はい。」
即答すると、二人は何か話し合い、仕方ないと小声で言い合った。
「そう答えたのは、彼だけではない。フィグとディグス、セグ、ドリスもそう答えた。リーグスとフィグはわざわざ前線から帰ってきたのだ。」
三人は絶句した。叔母チャルナの子供達みんなが同じ答えをしたのだ。しかも、帰ってきてまで。おそらく、シークが親衛隊に任命されそうだと思った時点で、帰郷する手続きに入っていたのだろう。
「……あいつら、絶対、許さないぞ!!」
ギークが吠えた。かろうじて、審問官につかみかかるのを押さえている。
「従兄弟達は昔から、兄を目の敵にしています。そのため、何かしら言いがかりをつけ、兄が失敗するように仕向けます。制服を隠したり、わざと池に落としたり、火熨斗で焦がしたり、落書きしたり、ありとあらゆる嫌がらせをしてきました。
兄が休みの間に、馬を家の厩舎で休ませていた所、兄が少し出かけた隙に、その馬を勝手に売ろうとしたこともありました。自分達が盗んだ物を兄の持ち物の中に隠し、兄に濡れ衣を着せようとしたこともあります。」
ナークの説明に審問官が納得したように呟いた。
「それでか、何度も制服を新調しているのは。…もしかして、お前達の制服も何度か新調しているのは、そのせいなのか?」
「はい。兄があまりに何度も制服を新調しなくてはならなくなっているので、回数が多すぎても良くないと思い、私達が代わりに新調することもありました。体格が似ているので、大差ありませんので。」
「君達の従兄弟達は、なぜ、ヴァドサ・シークを目の敵にしている?」
「…それは。」
さすがに三人は口ごもった。そこまで身内の問題を話してもいいものかどうか。
「君達の従兄弟達の母親は、ルマカダ家から嫁しているそうだな。そのことと関係が?」
やはり、当然だが知っている。根掘り葉掘り聞かれるが、仕方ないと思って兄弟達は腹を決めた。
「はい。なぜか、叔母は私達が子供の頃から…というか、私達が物心ついた頃から、兄を嫌っていました。ことあるごとに兄に辛く当たり、そのせいで従兄弟達も兄に対して、辛く当たるようになりました。」
ギークの答えに審問官は何か書き込んでいる。
「その理由は?」
「分かりません。なぜ、叔母が兄に辛く当たるのか、理由は全く。」
審問官達は考え込んだ。
「ふむ。こんな話を聞いた。
ヴァドサ・シークは素直でない所があり、そのため、子どもの頃から父親に命じられて、子守をしていた。ところが、母がルマカダ家出身だという理由で、ことあるごとにヴァドサ・シークにいじめられ、それを母親が諫めても言うことを聞かず、自分がいじめられると両親に訴えるので、いつも、自分達が悪いことにされて苦労してきた。
ルマカダ家出身である自分達は、ずっとヴァドサ家の中で肩身が狭い思いをしている。彼らは自分達が悪いと言うに決まっているが、それは全くの濡れ衣だ。どうか、正しい判断をして欲しい。ヴァドサ・シークの本性を暴き、罪を償わせるべきだ。
そういう話を聞いたのだが。」
三人は顔から血の気が引くのを感じた。兄のシークが絶体絶命の危機的状況に追い込まれているのを理解したためと、嘘八百の従兄弟達の作り話に腹の底から怒りが沸いてきたせいだ。




