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シェリアの祝儀 8

 走り出したシークの後を二人は一緒についてきた。

 ノンプディ家の屋敷は広い。三人はシェリアの部屋の前に来た時には、肩で息をしていた。慌てて走ってきた三人を見て、彼女の部屋の前で控えている小姓が不思議そうに首を(かし)げた。

「申し訳ないが、ノンプディ殿に謁見を頼みます。」

「…はあ、はい。」

 二人のうちの一人が中に入っていった。しばらくして三人は部屋の中に通された。控えの間で待たされる。

「隊長、どうしたんですか?返すって何を返すんですか?」

「…もちろん、この祝儀だ。こんな大金を受け取れない。」

 ふーん、とロモルとモナが不思議そうな表情をする。金額を知らないからだ。

「素直にくれるって言うんだから、貰っといたらダメなんですか?」

 モナがモナらしい意見を述べる。

「受け取れるか…!」

 思わず強い口調で言ってしまう。言ってしまってから面食らっているモナとロモルの表情を見て、頭を()いた。

「……悪い。つい。とにかく、受け取れない金額だ。」

 しばらくして、リブスが入ってきた。

「何のご用件ですか?」

 大層、冷たい声と態度で見下げた様子で言ってくる。真冬の湖畔(こはん)にでもいるような冷たさだったが、シークは立ち上がると封筒を差し出した。

「これをお返しに来ました。このような大金を受け取ることはできません。お気持ちだけ受け取らせて頂きます。」

 リブスはしばし、シークが差し出した封筒を眺めていたが、ふう、とため息をつき、冷たいつららでも突き刺さりそうな視線で、シークを見てから言った。

「つまり、ヴァドサ殿は親衛隊をやめ、奥様の元で一生を過ごす決心をなさったと判断していいということですか?」

 返さなければという焦りのあまり、シェリアがそんなことを言っていたことを忘れていた。シークの後ろでロモルとモナの顔色が悪くなっている。

「…あ、いや、そういうことではなく、祝儀であったとしても、このような大金を受け取るわけにはいきません。」

「全額返金すると、奥様の元にいるという決意表明とみなします。」

 リブスの声は吹雪のようだ。

「分かりました、百スクルだけ頂きますから、後は全てお返し致します。」

 仕方なくシークは急いで、百スクル手形を一枚抜き出すと、封筒をリブスに差し出した。

「百スクルだけというわけにはいきません。」

 リブスは仕方なさそうに封筒を受け取ると、中から二万スクル手形を抜き出した。そして、残りの封筒が来るのかと思いきや、そっちの二万スクルを差し出した。

「これも、持って帰って下さい。」

 この“二万スクル”のために急いで返しに来たのに、これを持って帰ったら意味がないではないか。

「いいえ、受け取れません。」

 リブスはシークを(にら)みつけてきた。睨まれても受け取れないものは受け取れない。

「あなたも頑固な人だ。持って帰ればいいものを。奥様があなたのために用意したのですから。こんな大金を用意したのです、あなた一人のために。素直に持って帰ればいい。」

 リブスは早く立ち去りたいようだったが、受け取れるわけがない。やはり、シェリアにとっても大金なのだ。

「ですから、余計に受け取れません。このお金はあなたや、この屋敷で働いている人達、そして、ノンプディ家の領内に住んでいる人達のために使われるべきです。私一人が自分のものにして良いはずがありません。

 もし、どうしてもと言われるなら、そこに百スクル手形が十枚ありました。その十枚だけを頂きます。残りの二万五千スクルはお返し致します。」

 シークはリブスの手にある封筒を取ると、中から二万五千スクルを抜き取り、そこの卓上に置いた。百スクル十枚を確認して封筒にしまった。

「この千スクルだけ頂きます。しかし、これ以上は受け取れません。どうかお許し下さい。」

「あなたも変な人だ。何を許せと?借金の取り立てでもあるまいし。金を返しに来ているのに。馬鹿真面目な人だな。」

 リブスの個人的な感想を初めて聞いたような気がする。いつも、個人的な感想などを言っている様子を見たことがなかった。

「それと、あなたの部下が持ってきている木箱の方は受け取りません。何をどう言っても、それだけは受け取れ。それを返すのは許さない。」

 木箱の存在をすっかり忘れていたシークだったが、きちんと木箱の方も持ってきてくれていたモナの方を見て、リブスは(おど)した。そう、最後は脅しだ。剣の柄に手をかけている。シェリアの気持ちを踏みにじることになるからだろう。

「分かりました。こちらはありがたく頂きます。お時間を取らせてしまい、申し訳ありません。ありがとうございました。」

 リブスは猛吹雪のような視線でシークを見たが、何も言わなかった。急いで頭を下げると、これ以上ややこしいことにならないうちに、急いで三人は部屋を出た。小姓にも頭を下げ、急いで廊下を歩く。

 ようやく誰もいない廊下に来てから、三人は大きく息を吐いた。

「隊長が慌てた訳が分かりました。二万六千じゃ、慌てますね。」

 ロモルがははは、と苦笑した。

「初めて万の手形を見たから、最初は見間違いかと思った。ああ、びっくりした。」

「隊長、もし、木箱の方にも同額が入っていたらどうしますか?」

 モナが聞いてきて、シークは頭を抱えた。

「嫌な想像しないでくれ…。」

「普通、金がないことで悩むんですよ。隊長も貧乏性ですねえ。」

 モナがからかってきたが、貧乏性でも仕方ない。

「だから、言ってるだろう、前から。うちは全然金持ちじゃないって。」

「そうですね。今日のことではっきり証明されました。」

「部屋に戻って木箱の方も確認しないとな。あぁ、どうしよう、父上と母上にになんて説明したらいいんだろう。」

 思わず頭を抱えて本音を言うと、ロモルとモナが顔を見合わせてニヤリと笑い、吹き出した。

「隊長、もしかして、親に叱られるのが恐くて返しに行ったんですかー?」

「そういえば、前に一番恐いの、父上だってぽろって言ってましたねえ。」

 二人がさっそくからかってきたが、事実だった。母のケイレだって怒ったら恐いのだ。

「お前達は父上の怖さを知らない。陛下の方が若干恐くなかったなあ。」

 思わず更なる本音を言うと、ロモルとモナが顔を見合わせてから青ざめ、急いでシークに詰め寄った。

「ダメですよ、隊長…!」

「そこは、陛下を一番、怖れるべきです!」

「そうです、たとえ世辞でも、そう言っておくべきですって!」

「本当にそうですよ…!」

 二人に交互に叱られる。

「分かった、分かった。お前達二人しかいなかったから、そう言った。今度から言わないから。」

「誰が聞いてるか分からないんですよ、まったく。」

「つい、この間、自分でもそう言ってたくせにー!口に気をつけろって…!」

 確かにそうである。

「分かった。すまん。悪かった。」

 ようやく二人は落ち着いた。

「それにしても、どうやって隠しておきますか?」

「そうだなあ。スーガ、何か良い考えないか?」

「えー、隊長も自分で少しは考えて下さいよ。」

「考えてるよ。」

 言いながら、三人は部屋に戻ったのだった。


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