シェリアの祝儀 7
みんなに言われて三人は、一度シークが部屋にしている医務室に戻る。手伝いに来ていた医師達がいた部屋にシークはいた。隠すと言っても、明日には出発するのだ。今日明日使う物以外は、みんな仕舞って荷造りしてある。
ベリー医師は今、若様のところに行っていて留守だった。医務室もすっかり片付いていた。ほとんど荷造りされている。
三人だけになると、モナが深刻な表情でシークを見つめた。
「隊長。言いにくいんですが、それ何ですか?さっき、懐に押し込んだ時、もう一つありました。」
やっぱり気づかれていたらしい。仕方ないので説明することにした。今さら下手な言い訳をすると、余計に心配するに違いない。
「実は…祝儀だ。全部、祝儀ということにして受け取った。でも、賄賂ではない。」
モナとシークのやり取りに、ロモルが驚いている。シークは二人に、さっき受け取った、封筒を二つ出して見せた。
「…それは手形ですか?」
ロモルの質問に頷く。
「そうだ。」
ロモルとモナが顔を見合わせた。
「でも…。」
その後の言葉が続かない。当たり前だろう。かなりの大金だと分かるからだ。手形は大金を持って歩かなくていいように、使われている。その金額分を銀行に持っていって換金して貰う。
「さっきも説明したが、殿下の護衛であるということは、私の結婚式一つ、自由にはできないようだ。セルゲス公である若様が、恥をかかないように全て整えないといけないらしい。そのために頂いた。
それに、十剣術を政に関わらせないように、という通達を陛下が貴族と議員に出されたそうだ。だから、よほどの物好きでないと陛下に睨まれてまで、賄賂を贈ってくることはないらしい。仮に渡されたら、本当に祝儀だと思って使って良いだろうと。」
ロモルとモナは考え込んだ。
「想像以上に大変なことなんですね。それで、どうしてそんなに大金が必要なんですか?」
「全て整える必要があるからだそうだ。」
「確かに物入りではあるよな。俺、名家の結婚式なんて知りませんが、ざっとどれくらいの親族が来る予定なんですか?」
シークは考え込んだ。
「分かっているだけで、ざっと三百にはなるだろうな。国中にある道場からも来るだろうし、十剣術全部に招待状を送ることになるだろうから、もっと増えるが、減ることはないだろう。」
その答えを聞いて、二人の目が点になった。
「…ざっと三百って…小さな村一つ分くらいにはなるじゃないですか!?」
ロモルの声が裏返りそうなほどびっくりしている。
「…隊長、さっき国中からも来るからって言いましたけど、その三百って数字、国中から来た人の数は含まれていないってことですよね?」
「そうだな。当家は身内親族一族郎党のほとんどが、同じ敷地内に住んでいるから。さすがに同じ建物には住めないが、敷地内に家を作ってそこに住んでいる。敷地内に住んでいる身内を数えるとざっと三百くらいということだ。」
ヴァドサ家は古く、昔からの習慣がそのまま残っている所がある。そのため、身内親族がそのまま一緒に住んでいる。だが、大抵はそんな大勢が共に住めないし、生活費のことなど様々な問題を抱え、分散していくものである。ヴァドサ家も分散してはいるのだが、残っている者も大勢いるのだ。
「とりあえず、隊長、いくら貰ったのか、確認した方がいいと思います。」
モナが気を取り直したように言い、確かにその通りだったので、そうすることにした。
「私達は見ないので。その辺の見張りをしています。」
大金なので警戒するに越したことはない。その辺とはいえ、二人ともそれぞれ部屋の出入り口と窓の前に背中を向けて立った。気を使ってくれる部下達の気持ちが嬉しい。
シークは素直に机の前に座り、まずは一番最初に貰った封筒の中身を開けた。手形は銀貨の十スクルからある。みんなの給料の支払いを数えるのに、それくらいの手形は扱うので、慣れてはいた。また、イゴン将軍の秘書時代に、金貨の最小単位に当たる百スクル分の手形とその次の千スクル分の手形を扱ったことはある。
さすがは大貴族である。銀貨の単位である十スクルや五十スクルの手形はない。
(百スクルか。比較的換金しやすい単位で用意して下さったんだな。)
そんなことを思いながら、数える。二、四、六…。
(あれ、千スクルもあった。)
分けて数え……。最初は見間違いかと思った。よく見て書かれた数字を確認した。どう見ても見間違いではない。
「!!えぇー!なんだこりゃ!」
思わず叫んだ。ロモルとモナがすかさず振り返った。
「隊長、どうしたんですか?」
心臓がドキドキしている。こんな大金を見たことがない。二人が訝しんでいるが、それに答える余裕がなかった。急いで“一万スクル”と書かれた手形を二枚、封筒にしまい、他の百スクルと千スクルの手形も入れた。
(騙された…!どこが家が一軒建つほどの金額ではありませんだ…!家が一軒も二軒も建つじゃないか…!)
急いで立ち上がると、封筒を握りしめて小走りで部屋を出る。
「隊長、どうしたんですか?」
「隊長、これ置いて行くんですか?」
ロモルとモナが聞いてきたが、答える暇はない。急いで返しに行かなくては。二人が慌てて様子がおかしいシークの後をついてきた。
「隊長、どうしたんです?」
「返さないと…!」
「え?返すって?」
悪いがゆっくり説明している余裕がなかった。シークはとうとう走り出した。
「隊長…!」




