シェリアの祝儀 5
シークはシェリアの解説を驚きながら聞いていた。そんなに意味があるとは思わなかった。人柄を試すものだったのだろうとは思ったが、そこまでのものだとは思わなかったのだ。
「陛下は十剣術を政に利用するなと厳しく命じられました。陛下はサプリュにお帰りになると、すぐに貴族や議員達に通達を出されました。ですから、祝儀を賄賂にするという者達は少ないはずです。
それでも、送ってきた者達の物は素直に受け取り、使えば良いのです。通達を出された直後の結婚式の祝儀なのですから。陛下も注目しています。もし、その後にヴァドサ家を取り込もうとする動きがあったら、陛下は決してお許しにならないでしょう。それを知っているので、みんな賄賂として後で要求することはないはずです。
数年後に何か言ってきたとしても、時効ですわ。そもそも、陛下が禁じているのですから、違反でもあります。それで切り抜ければ良いのです。」
話としては分かったが、まさか、王族の護衛になると、そんなことまで考えなくてはならなくなるとは思いもしなかった。
「ですから、どうかお受け取り下さいまし。」
「話としては分かりました。ですが、大変申し訳ないのですが、もう少し金額を差し引いて下さいませんか?家を建て替えられるほどの祝儀を受け取るのは、やはり気が引けます。」
すると、シェリアは目を丸くし、とうとう吹き出して笑った。
「…さすが、ヴァドサ殿ですわ。もっと多く寄越せという者がいても、もっと少なくして欲しいと言う方は初めてです。」
シェリアはおかしそうに笑った後、手巾で涙を拭った。そこまでおかしいのだろうか。しかし、そんな大金を受け取るのは、やはりどうしても躊躇する。どこにしまっておくかという問題もある。盗まれても困る。
「まあ、ご心配なく。家を建て替えられるほどの金額ではございませんわ。家のことなら、バムスさまが何とかされるでしょう。」
「え!?私は何も聞いておりませんが…。」
思わずびっくりして変な声で聞き返してしまった。
「大丈夫ですわ。ヴァドサ殿は何一つ心配することはありませんの。殿下をお守りすることに専念して下さいまし。陛下もそれを望んでおられます。それで、ヴァドサ殿には伝えずにバムスさまに言いつけられたのですわ。」
「…はあ、そうなんですか。」
どう答えて良いか分からず、そんな言葉しか出て来ない。何か自分の手が届く所から、遠くに離れた所で話が進んでいる。自分の結婚式の話のはずなのに、部外者のような気がしてきた。
「さあ、お受け取り下さいまし。」
シェリアがやってきて、シークの手に封筒を握らせようとする。
「…それとも。」
シェリアは言ってシークを見上げた。
「受け取らないということは、ヴァドサ殿はわたくしのものになって下さると決心して下さいましたの?」
「!」
急にそんなことを言い出してきて、シークは戸惑った。だが、鈍いシークでも分かった。どうしても受け取らせたいのだ。だから、わざとそういうことを言い出した。
「どうなんですの?もし、そうでしたらわたくし、陛下に申し上げますわ。」
王の命令でシークは結婚式を挙げるのだから、取り消せないと分かっているはずである。シークはシェリアにそんなことを言わせてしまい、申し訳なくなった。
「…ノンプディ殿、申し訳ありません。分かりました。ありがたく頂戴致します。」
途端にシェリアはとても嬉しそうに微笑んだ。
「ええ、そうして下さいまし。」
厚みのある封筒を受け取った。手形でもこんなに大金を手にしたことがなかった。
「感謝致します。」
「いいえ、祝儀ですもの。そんなに畏まらないで下さいな。それから、こちらを。」
シェリアはもう一つ、色の違う封筒を差し出した。
「こちらも祝儀でございますわ。ただ、もっと自由に使えるものです。」
意味が分からない。だが、なんとなくさっきのは、全て実家に送らねばならないだろうとは感じた。どうやって送るかが問題だが。叔父か兄か誰かと任務地に行く前に途中で落ち合い、渡すしかない。
「これは、ヴァドサ殿のご判断でお使い下さいまし。これからベブフフさまの領地に行かれますが…。」
シェリアは言って、耳を貸すように手で合図した。仕方なく身をかがめる。
「大きな声では言えませんが、ベブフフさまは殿下に支給される資金をご自分のものにするでしょう。つまり、金欠になる可能性が高いのですわ。殿下に貧しい思いをさせるおつもりのようです。ただ、陛下もそのことは織り込み済み。分かっておいでです。
ですから、殿下の生活ぶりが極端に良くなっても疑われます。殿下の生活が良くなりすぎず、しかし、貧しすぎないように気をつけてお使い下さいまし。」
つまり、“祝儀”という名の若様のための生活資金だ。
「分かりました。大切に使わせて頂きます。」
若様のための資金なので、こちらはすぐに受け取った。
「最後にこれを。」
シェリアは布にくるまった木箱を差し出した。
「ヴァドサ殿が個人的にお使い下さいまし。これが“本当”の祝儀ですの。使いやすいように金貨と銀貨で用意しました。」
何を言っても受け取らせるに違いないし、きっと若様のために使うだろうことも分かっているだろう。シークは考えて、ありがたくそれも受け取った。一体、シェリアはどれほどの財産を使ったのだろうか。そう考えると空恐ろしくなるが、できるからしているのだろうと考えて、深く考えるのはやめた。
「何から何までお気遣い頂き、ありがとうございました。」
シークが頭を下げると、シェリアは微笑んだ。
「どうか、お元気で。また、お会いできる日を楽しみにしております。」
シェリアは言うと、シークが何か言う前にさっと身を翻した。侍女に見送るように言い、急いで奥に行ってしまった。最初から具合が悪いと言っていた。きっと、仮病ではなく本当に具合が悪かったのだ。長々と話をして申し訳なく思う。
シークがそんなことを考えていると、侍女が一歩前に出た。
「封筒は懐におしまいになってから、ここを出られた方がよろしいかと。そして、もちろん他言無用でお願い致します。殿下にも、他の誰にも。話して良いのは、その木箱だけです。」
「分かりました。最後までありがとうございました。」
シークが礼を言うと、侍女は意味ありげにシークを見上げ、吐息を吐いた。
「どうかされましたか?」
「いいえ。」
侍女は気を取り直したように首を振った。
「お気をつけて。」
「ありがとうございました。」
こうして、シークは無事にシェリアの部屋から出たのだった。




