教訓、五。部下にも魔の手は伸びる。 6
ベイルとフェリムが口をあんぐり開けてシークを見つめた。ダロスはその後、うつむいて肩を震わせた。涙がぽつり、ぽつりと膝の上に落ちていく。
「……隊長は、馬鹿ですよ。」
シークはダロスの前にしゃがんだ。
「ああ、そうかもな。だが、お前も十分に馬鹿だ。…お前、自分のしたことが分かっているのか?」
ダロスがしたことの重大さを理解していないような気がして、シークは繰り返した。
「……。」
「…なあ、フェリム。若様は王子の前に、まだ十五歳にもなっていない身寄りのない少年だ。まだ、子供だぞ。まだ、先日、十四歳になられたばかりだ。」
十四、という数字を強調するとダロスがぐっと息を呑んで呻いた。
「なあ、分かるよな。お前の年の離れた末の妹と同じ年じゃないか。」
ダロスが嗚咽を堪えきれずにしゃくり上げた。
「馬鹿なことを…。私は…お前を……。クビですめばいいが…。」
そうもいかない。国王からは若様を害そうとした者は容赦なく斬れ、と厳命されているのだ。それでもなんとかならないか、シークは考えを巡らした。
「お取り込み中、ちょっといいですか?」
ベリー医師の声で、シークはここにフォーリ達もいたことを思い出した。途中から、彼らの存在を忘れていたことにばつが悪い。しかも、若様はあの話を聞いて心を痛めないか今さら心配になった。
「つまり、敵はフェリム、君がまだ若様を攫ってくる、と思っている訳だね?」
「え?」
「つまりだよ、まだ、君が私達に正体がばれたとは知られていないはずだね、ということなんだが。」
ダロスは腕で涙を拭い、頷いた。
「…た、たぶん、そうだと思いますが。」
「ベリー先生、囮作戦を?」
フォーリが尋ねるとベリー医師は頷いた。
「そう。攫ったフリをして敵を誘き出してくれたら、敵の正体も分かるだろう?現れたら君達とフォーリが捕まえる。」
ベリー医師の言っている意味は分かる。
「もし、それで敵を捕まえることができたら、死罪は免れることができるんじゃないかと思ってね。」
シークは一度掌で顔をこすってから、ベリー医師をもう一度見返した。
「…確かに、上手くいけばそのはずですが。それで、若様の身代わりは人形でも使うんですか?」
「その通り。カートン家にはどこにでも人体模型などの人形が置いてあるから。」
「…あの、ねえ、その人、死ななくてすむの?」
ベリー医師とフォーリの後ろに隠れていた若様が、そっと出てきてフォーリに尋ねた。出てきたといっても、半分フォーリの陰に隠れて心配そうに様子を見ている。ダロスが目を合わせることができず、うつむいた。
「若様、大変申し訳ありませんでした。なんとお詫び申し上げたら良いのか、分かりません。私の不徳の致すところでございます。
陛下よりセルゲス公を害する者があれば、容赦なく斬るように賜っております。つきましては、私の隊の者とて例外はなきものと心得ております。もし、若様のご命令があればフェリムを死罪に致します。」
シークは膝をついて敬礼し謝罪した。そして、若様が死罪にしろと言わないことが分かっていたが、それでもそのことは伝えた。
若様の表情が曇った。眉根を寄せてシークを見つめた。
「……し、死罪なんて…できないよ。」
小さな声だった。
「さ、さっき、ベリー先生が言った通りにすればいいよ。」
シークは慎重に聞き返した。
「…それは、フェリムの死罪の免除ということですか?」
若様は小首を傾げた。小動物の子を抱きしめたくなるように、そんな可愛らしさで、街中だったらフォーリがいても、隙を見て攫われてしまいそうだ。本人のせいではないが、罪作りなほど美しくて可愛らしい。
「…免除?免除って言ったらそうかもしれないけど、ベリー先生が言った通りにはできないの?」
隊から出て行って貰うと事前に明言していたので、そうしようと思ったが、それは難しそうだった。
「それでよろしければ、仰せの通りに致します。」
「…うん。じゃあ、私が行くよ。」
意味を図りかねて、思わずフォーリを見上げた。フォーリは眉間に皺を寄せて若様に首を振る。
「若様、何もご自分でなさらなくてよろしいのです。」
ようやく意味を理解したシークは青ざめた。
「若様、ご自分が囮になると仰っているのですか?」
びっくりして声が裏返りそうになる。
「…うん。そうすれば、本当に連れてきたって思うから、敵も油断するよ。生き物と人形じゃ違いが出るものだよ。」
シークは一瞬、何と言えばいいのか分からなかった。だって、筋が通っているし的を得ている。意外なところで若様の指摘は鋭かった。