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シェリアの祝儀 4

 シークは無難に挨拶して部屋を出ようとし、シェリアが見送るために歩き出した。その時、シェリアがふらつき、ぐらりと倒れかかった。

「!」

 思わずシークはシェリアを抱き止めて助けてしまった。後でトゥインにとやかく言われるに違いない。でも、助けてしまったものはしょうがない。

 それに、トゥインの言ったように、わざとには思えなかった。なぜなら、彼女の服が飾り戸棚に引っかかり、もし助けなかったら、きっと(はげ)しく頭を飾り戸棚に強打しただろう。

「大丈夫ですか?」

 できるだけ視線を合わせないようにして尋ねた。だが、彼女がじっと抱き止められた姿勢のまま、見つめてくる視線を感じて戸惑った。いつまでも、立ち上がろうとしない。トゥインの言ったとおり、助けない方が良かったのだろうか…。

「……やはり、ヴァドサ殿は素敵なお方ですわ。こうして、婚約者でもないわたくしを、困りながらも助けて下さるのですから。」

 シェリアはそう言って、ようやく自分で立ってくれた。シェリアはため息をついた後、少しだけ振り返ってシークに尋ねる。

「…もし、わたくしでなく、ベブフフさまが転びそうになっても助けましたの?」

 意外な質問だったが、シークはとりあえず頷いた。

「…ええ、今の状況でしたらそうでしょう。服が戸棚に引っかかっておりましたので。」

 シェリアはため息をついた。

「……ふふ、ヴァドサ殿らしい答えでしたわ。」

 なぜか少し悲しそうに言っていたが、何か考えた後、納得させるように頷いた。そして、まっすぐシークを見つめ、今までに見たことがないほどの笑顔を浮かべた。

「ヴァドサ殿、この数ヶ月間、とても楽しゅうございましたわ。夢を見させて頂きました。久しぶりに胸がときめきましたの。」

 なんと答えたら良いのか分からず、シークは黙って立っていた。

「それから、ご結婚おめでとうございます。」

 まさか、シェリアからそんな言葉が出て来るとは思わず、一瞬(いっしゅん)、言葉に詰まった。

「…え、しかし…。」

「陛下のご命令でしょう。もう、しなくてはなりませんのよ。決定でいいのです。」

 その通りだった。家族にはきちんと話していないが。

「…確かに仰る通りです。ありがとうございます。」

「結婚式の時は、お招きして下さるでしょう?」

「え?」

 シェリアの言葉にびっくりして聞き返してしまってから、慌てて言い足した。

「しかし、まだ何も決まっておりません。」

「わたくし自身が出席出来るか分かりませんが、そうして頂けると嬉しいですわ。代理で息子に行かせることも考えておりますの。」

 つまり、国王の命令で執り行われるのだから、それなりにしなくてはならないのだ。八大貴族が出席してもおかしくないような、結婚式にしなくてはならない。それを暗に伝えてくれているのだろう。

「分かりました。ただ…。」

 言いかけて、シークは彼女の前で言うべきことではなかったと思い、口をつぐんだ。そんなに大がかりな式を挙げられるだけの結婚資金がないので、招くことが出来るか分からない、などとは言えない。

「どうかなさいましたの?」

「いえ、何でもありません。」

 シークが急いで言うと、シェリアは古参の侍女頭のエーマを呼び、何か包みを持ってこさせた。そして、少し厚みのある封筒を差し出した。

「?」

「これは、祝儀ですわ。金貨だと重いので、手形で用意致しました。」

 金がないと思った途端、金が出てきたので、シークは一瞬、自分が思ったつもりで口に出して言ったかと思ったが、いや、さすがに今はそうでなかったはずだと一人で確認した。そして、手形でその厚みだと一体、いくらほどになるのか想像もつかず、大金だとしか分からなかったので慌てた。

「どうぞ、お納め下さいまし。」

「…いいえ、受け取れません。そんなに大金を受け取るわけにはいきません。」

 慌てて辞退すると、シェリアは少し(きび)しい表情を作った。

「ヴァドサ殿。少し、よろしいです?」

「…はい。」

 シークは思わず姿勢を正した。

「ヴァドサ殿は、セルゲス公の護衛の親衛隊です。その親衛隊長が祝儀を上げる、その上、陛下が結婚するようにお命じになった。どういうことかお分かりですか?」

「その…陛下の面目を潰さないよう、体裁を整えなくてはならないということでしょうか。」

 シェリアは、よくできたというように深く頷いた。

「そういうことです。陛下はわたくし達には言いました。セルゲス公を様子を見て、サプリュに呼び戻すと。そして、正式にセルゲス公の位を授け、ヴァドサ殿達親衛隊も正式に親衛隊に任じられるそうです。その後、ヴァドサ殿の結婚式という運びになります。

 つまり、次の療養地にいる間に結婚式の準備をしておかなくてはならない。ヴァドサ殿のご実家で進めておかなくてはなりません。帰ったらすぐに結婚式なのですから。

 そして、その結婚式は殿下がセルゲス公の位を正式に授かって、初めてのご公務となるのですわ。当然、国中の注目の的です。

 ですから、これが必要なのです。」

 シェリアはもう一度、分厚い封筒を差し出した。とはいえ、すぐに手を出して受け取る勇気は出なかった。

「ヴァドサ殿。陛下も華美にせよ、ということではありませんでしたわ。バムスさまに準備を手伝うようにお命じになりました。たとえば、雨漏りしている部屋の天井を直したり、がたついている戸を直したり、隙間(すきま)風が吹き込まぬようにしたり、そういうことが必要です。

 もし、建て替えなくてはならないなら、建て替えて下さい。」

 シークはびっくりしてシェリアを見つめた。どうやら、回り回ってヴァドサ家の状況の話が彼女の耳に入っていたらしい。もしかしたら、調べさせたのかもしれないが、それだけではないだろう。

「…家を建て替えると?」

「必要ならばそうして下さいまし。」

 つまり、それができるだけの金額が入っているということだ。それは…金貨にしたら持って歩けないほどの大金である。そう思えば余計に受け取れない。

「ヴァドサ殿、これは賄賂などではございません。わたくしがこれをお渡しした後、これで恩を着せるような真似はいたしませんし、後で何か要求することもございません。

 陛下がわざわざわたくし達に、ヴァドサ殿の結婚について言われたのは、これができるようにするためです。結婚祝いの“祝儀”ならば大金を渡したとしても、問題にならない。しないということ。

 これは陛下から、ヴァドサ殿に対する褒美でもあるのです。」

「どういうことでしょうか?よく分かりません。」

 思いがけないことを言われて、シークは困惑した。

「殿下を何度も命がけでお守り致しました。それが任務だからといえ、何度もです。わたくしだって知っています。殿下の護衛が何と言われているか。“昇進という名の左遷”と言われていることくらい知っていますわ。

 陛下はヴァドサ殿に褒美を与える前に、厳しい試験を二つも課しました。一つ目はわざと自害を命じたこと、もう一つは名誉を傷つける鞭打ちの刑も甘んじて受けるかということ。陛下がここまでされるのは、陛下がヴァドサ殿にお与えになった任務が、重く険しく常に命がけだからです。

 陛下は初め、一つ目の試験結果だけで、ヴァドサ殿に褒美を与える決断をなさいました。でも、ヴァドサ殿、あなたが陛下に受けた任務について陛下に刃向かったので、それで陛下は二つ目の試験を課すことをお考えになったのですわ。

 裏でどのようなお話をなさったのか存じませんが、陛下は一つのことで二つも三つも達成されるようなお方です。単純な罰だったのではありませんの。」


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