シェリアの祝儀 3
シェリアはようやく、少し表情を和らげた。
「そういえば、ヴァドサ殿が来られる前に殿下がいらっしゃいましたの。その時、殿下が元気になられていて、心底安心致しましたわ。少し、経緯をバムスさまが帰られる前にお話しして下さいました。
殿下のお心をお慰めして下さって、本当にありがたいと思います。わたくしは、殿下がここに滞在しておられる間に、お元気になって頂きたくてお招きしたのです。それなのに、悲しいことが立て続けに起きて、かえって、お心を傷つけることにならなかったか、心配しておりました。」
シェリアは軽くため息をついた。
「それが、先ほどは嬉しそうに剣術の形を練習したと喜んでお話して下さいました。陛下には内緒だと懸命に仰っておられましたけど、もちろん、陛下から許可を賜っておりましょう?」
さすが八大貴族、よく分かっている。だが、答えていいものか分からない。
「…それは。」
答えに窮していると、シェリアはにっこり微笑んだ。
「分かりましたわ。許可を得ておられるのでしょう。でも、殿下にはお話できない。返事はなさらなくてよろしいわ。」
シェリアは実に物わかりが良かった。微笑んでシークを見つめてくるので、困ってしまって居心地が悪くなり、急いで話題を変えた。
「そういえば、先日は行商人を呼んで下さってありがとうございました。おかげさまで、必要な物資を調達することができました。」
シークが礼を言うと、シェリアはますますにっこり微笑んだ。たぶん、王からシークが結婚するように言われた話を知っているはずだが、シェリアのシークに対する態度は変わっていない。
ただ、以前より距離は置いている気がせんでもない。アミラという…婚約の破棄の破棄になったはずだが…一応婚約者がいるにもかかわらず、そんな笑顔を向けられると心臓がドキドキしてくる。まともに見ないようにして、目線をそらして平静を装った。
トゥインが力説して女性の戦い方と武器について話していたが、こうして実際に会ってみると、その話は本当のような気がしてくる。
そんなシークの気持ちを知ってか知らずか、シェリアはふふ、と笑った。
「それはようございましたわ。そうでしたわ。殿下がお召しになる衣装なども、一応取りそろえましたの。殿下はこれから背が伸びられると思って、少し大きめにしたり、縫子達に命じて、袖や裾を伸ばせるように工夫しています。中に目立たないように布を多めに折り込んでありますの。」
シェリアは自分の袖口を見せながら、手でどのように折り込んだか示して見せた。
「…なるほど、分かりました。少しなら、それで調整ができるんですね。」
思わずシークが感心して頷くと、シェリアは突然、ころころと鈴を転がしたように笑い出した。
「……まあ。普通の殿方はこのようなお話をしても、あんまり通じませんわ。バムスさまみたいに、身なりやおしゃれに気を使われるお方ならともかく。」
シークは苦笑いした。兄弟姉妹が多いため、自分の服を繕うことは普通だったし、おくるみや子供服を母や叔母、使用人達を手伝って縫うこともあった。場合によっては、下着や寝間着くらいなら自分で縫うこともある。それが、シークにとっての日常であり、弟も妹も関係なくする仕事だった。
「ご自分で服を縫われていましたの?」
「はい…弟妹達や幼い親族の子供服やおくるみを縫うこともありますし、おむつもよく作りました。失敗しても構わないような寝間着なんかは、自分で作ることもあります。」
シークの答えにシェリアは目を瞠った。
「きっと、わたくしよりお上手ですわ。」
貧乏くさいなどとは言わなかった。
「着物はお下がりが多かったんですの?」
「はい。国王軍に入って初めて、真新しい自分の服を着ました。ですから、しばらくの間、自分の服だと思うとかなり嬉しかったです。」
シェリアはふふ、と笑ったが馬鹿にした笑いではなかった。
「わたくしも昔はお下がりを着ておりました。制服が初めての自分の服だったのですね。」
「そうです。」
「そういえば、ヴァドサ殿には多めに制服が支給されましたわ。」
シェリアがニヤリと笑って言った。そういえばそうだった。あまりに何度も制服がぼろぼろになったため、多めに支給されて荷物が増えた。
今度はもっとたくさんの荷物である。どうやって詰め込むか悩んだが、シェリアが行商人を呼んだとき、鞄や行李を持ってくるよう頼んでいたので、多くの鞄や行李が商品としてあったので助かった。
それはともかく、シークは思わず笑った。
「そうですね。たくさんの自分用の制服です。大切に着ないといけません。」
するとシェリアは少し、表情を曇らせた。
「…ですが、ヴァドサ殿がどうこうできることではありませんわ。もう、そのような事態にならなければいいのですが。」
確かにその通りではある。
「とにかく、気をつけて下さいまし。どうか、お体にお気をつけて。」
「はい、ありがとうございます。それでは失礼致します。」




