シェリアの祝儀 2
シークの説明をじっと聞いていたシェリアは眉根を寄せた。
「ですから、少しのことなら我慢すると?殿下と一緒に嫌がらせを受けても構わないと?」
「はい、そうです。殿下が不便を忍耐されるのに、どうして護衛の私達が忍耐できないのでしょうか。」
シェリアは怒ったようにため息をついた。
「……でも、馬を取り上げるのは、少しの嫌がらせではありませんわ。殿下に対する甚だしい侮辱です。」
「…お怒りはごもっともですが、ノンプディ殿。しかし、住まいか馬を選べと言われれば、住まいを選びます。資金か馬を選べと言われれば、資金の方を選びますし、殿下の衣服と馬であるなら、殿下の衣服に決まっています。食料か馬かを選べと言われたら、迷いなく食料です。」
シークの説明を聞いて、シェリアの顔が強ばった。
「…もしかして、そのように二択で迫り続けたのですか、向こうの使者は?」
てっきり、何か耳に入っていたと思っていたシークは、シェリアの様子から聞いていなかったことに驚いた。
「…そうです。実際には少し違いますが、おおよそこのような感じで迫られました。ですから、必要な物を選択し続けた結果、馬を捨てることになったのです。もちろん、私も食い下がりました。
一番、大きな街のヒーズの国王軍の宿舎に馬を預けることは必須条件としました。陛下のご命令もありますし、それは向こうも飲みました。それに、一度屋敷まで殿下をお送りする、それも必ずすると言ったので。
殿下がお乗りになられる馬車に関しても、馬さえ繋げばすぐに走れる状態で屋敷に置いておくように要求しました。馬がなくとも、緊急の場合、ロバで代用がききますので。ロバなら田舎の村にもいるでしょう。」
「…では、殿下をお送り致しますための馬車をヒーズまででよいというのは、どうしてですの?ベブフフ殿の意見を押し切って、わたくしがお送りすることにしたのは、少しでも殿下のご不便を減らすためです。」
シェリアはやはり、優しい女性でもあるのだとシークは思う。若様に対して女性として可哀想だと思っているように感じるのだ。そう、母のように。
「ノンプディ殿、それは単純に道幅が狭くて、立派な馬車では通れないからです。そう聞いております。実際に目で見て確認する猶予もなかったので、向こうの言うことを念頭において行動するしかありません。
そのため、殿下にはヒーズで小さな馬車に乗り換えて頂くのです。そして、馬だけ返し、馬車の客車の方だけ屋敷で管理します。」
シークが説明すると、シェリアは初めてそのことに気がついた様子だった。彼女は“道の整備”が好きなようで、大街道の整備も積極的に行っているし、自分の領内の道路の整備もせっせと行っているのを知っている。
シェリアの領内は道路が行き届いているため、まさか、馬車が走れないという状況だとは思い至らなかったらしい。
「……そうでしたか。まあ…。」
シェリアは困ったような表情を浮かべると、立ち上がって窓辺にたたずんだ。
「気がつきませんでしたわ。パルゼ王国からの移民だというので、わざと整備もしていないのかしら。ベブフフさまのことですから。」
何とも返事のしようのないことをシェリアはぼやく。
「…それにしても、ベブフフさまは嫌なお方ですわ。」
同意したいが、シークの立場では同意できない。
「男女に関係なく手が早い人達で有名な所に、殿下を送るのですから。」
シェリアはシークを振り返って、厳しい表情で見つめた。
「どうか、お気をつけ下さいまし。セルゲス公殿下は、この世に二人といない絶世の美少年です。」
この忠告は身を引き締めて受けた。
「はい。気をつけます。レルスリ殿からも同じ注意を受けました。」
シェリアは頷いた。
「バムスさまなら当然なさいますわね。ヴァドサ殿も十分にお気をつけて。決して弱っている所、具合が悪そうな様子を見せないで下さいまし。はったりでも元気そうにするのです。」
よほど危ないのだろうか。部下達にもしっかり注意しておかなければ。
「はい。部下達にも気をつけさせます。」
「ヴァドサ殿が注意するのです。」
シェリアはむ、と眉根を寄せて少し強い口調で言った。
「はい、分かりました。」
シェリアが一歩近づいた。
「ヴァドサ殿、あなたは十剣術なのです。あなたが意識しなくても、周りの者には名家に映ります。」
よほど、呑気そうに見えるのだろうか。バムスにも少し強めに注意された気がする。
「何もヴァドサ殿に、偉そうになって欲しいのではありませんの。そういう訳ではなくて、時に名前がとんでもない力を発揮する時がある、ということを覚えておいて欲しいのです。名前に傲らないあなたは、素晴らしいですわ。普通、多少なりは名前を誇りますもの。」
真剣な話なので、シークも真剣に頷いた。
「ご忠告痛み入ります。十分に気をつけます。」




