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教訓、三十二。交渉は結局、妥協でもある。 4

 シークが行ってしまってから、みんなは寄り集まった。

「なあ。一番最後のレルスリ殿の注意。あれって、隊長に言ったんじゃねぇの?」

「うん、私もそう思う。」

「うん。きっとそうだよな。」

「きっとっていうか、大方そうだと思う。」

 みんな頷き合った。

「隊長って、自分の家が名家だって思ってないよな。」

「うん。っていうか、隊長、案外自分がモテてるって気づいてないよな?」

「気づいてないな。まあ、見た目が地味だから、ノンプディ殿が気に入るって思ってなかったけど。」

「噂と違って派手好みじゃなかったんだな。」

「おい、みんな。」

 変な方に話が行き始めたので、ベイルは声をかけた。

「レルスリ殿の注意は、みんな同じだぞ。親衛隊っていうだけで、良からぬ考えを持つ輩が近づくかもしれないし。政治的に若様に影響力を与えようとか、そんな者もいるかもしれないから、気をつけるんだ。隊長の注意はそんなものも含まれてる。」

「分かってますって、副隊長。」

「大丈夫、大丈夫。」

 そう言って、背中を向けて話の続きが始まる。

 ベイルは今までなら、しつこく注意したり、仕方ないかと黙認したりできていたのに、先日から、みんなと距離があるような気がしていた。シークと身内同士だと隠していた事実や、ベイルの伯母のやったことが大きかった。未だ、心の整理ができていない。こんな状態で隊長なんて、無理に決まっている。

「副隊長。」

 モナとロモルがやってきた。

「副隊長のせいじゃないですよ。それなのに、副隊長が責任を感じるのって変ですよ。」

「隊長と身内だと隠してたのだって、伯母さんがそんなんじゃ、大っぴらに言えません。それくらい分かります。」

 モナとロモルが少し大きな声で言った。わざと大きな声で言っているのだ。

遠慮(えんりょ)したらだめですよ。ちょっとくらい、図々しい方がいいですって。」

「たぶん、隊長もそれ分かってて、副隊長を隊長にするって言い出したんだって思います。」

 ベイルは泣きたくなった。それくらい、二人の気遣いが嬉しかった。以前、モナはこんな気遣いをする人間ではなかった。だが、いろいろあって、彼は変わった。

「…二人とも、悪いな。」

「いいですって。」

「びっくりですよ。普通、あんなことになんてならないから。」

「すまない。まだ、心の整理がついてない。伯母といっても嫁に行って、頻繁(ひんぱん)に会うわけでもないから、そこまで親しい人でもない。前々から身内でも問題の人だったが、ただ、そこまでするのかと、とてもびっくりして…。

 どう、理解したらいいのか分からない。隊長と顔を合わせるたびに、どう謝ればいいのか分からない。どうしたらいいのか、まったく分からない。」

 ベイルの独白をみんないつの間にか聞いていた。

「……副隊長。」

「副隊長、すみません。私達、副隊長がそこまで悩んでいるとは思わなくて。」

「そんなに思い詰めないで下さい。」

「副隊長のせいじゃないって分かっています。だって、副隊長が何もできなかったのは分かっています。私達と一緒にいたんですから。」

 みんなそれぞれに言ってくれたが、全員が同じ気持ちだとは思っていなかった。それぞれに温度差がある。隊長のシークは、全員を同じように扱い、同じように思っているし、同じように信じている。

 副隊長をしてきたベイルは、ある意味、もう少し隊員達と近くて、その分、彼らの性格を冷静に見て分析していた。シークがおおらかにみんなを包み込むなら、ベイルは細かいところを補佐している感じだ。その分、ベイルは、自分がみんなの信頼を、伯母の一件である程度失ったのを分かっていた。

 だから、ロモルとモナがそれを取り戻そうとしているのだ。二人の気持ちが嬉しかったし、これからのことを考えれば、信頼を取り戻す必要があるのは分かっていた。

「…みんながそう思ってくれているなら、嬉しい。ただ…私はみんながなぜ、自分達に隊長との身内の関係を話してくれなかったのか、そう疑問に思っていることも分かっている。」

 ベイルは一呼吸置いた。

「私が隊長に言わないで欲しいと頼んだ。私も隊長も十剣術だ。何がどう巡って、私が隊長の隊の副隊長になったと知られるか分からない。問題の…身内でも問題になっている伯母の耳に入ったら、どんなことを言ってくるか分からないと思った。だから、言わないで欲しいと言った。

 確かに、従兄弟達とは顔を合わせるが、知らないふりをしている。私が軍で顔を合わせても、完全に無視しているから、向こうも何も言ってこない。

 でも、まさか、こんな非道なことをするとは思わなかった。信じられない。」

 ベイルは本当に信じられなかった。話している内に、自分にとっても従兄弟達がシークに対して、ひどいことをした数々が思い出され、ベイルは涙を(こら)えられなくなった。

「……隊長は、優しい人だ。だから、私のせいではないと言ってくれる。隊長は自分のせいだと言っていたが…隊長のせいでもないのは明らかだ。」

 みんなベイルが(たま)らずに泣き出してしまったため、少し動揺していた。なんとなく聞いていた者達も、今は注目していた。

「……私は…このまま、副隊長をしていていいのか、分からなくなった。」

 ベイルの言葉に、みんな(おどろ)いた。

「…副隊長、やめちゃうんですか?」

「ダメですよ、隊長が困りますよ?」

「隊長は仕事ができるけど、どっか抜けてるから、副隊長が側にいて補佐しないと。」

 隊のみんなが口々に言い出し、おおよそ隊の半分くらいはそう思っているようだった。

「…私がまだ、副隊長でいいのか?」

「なんで、私達に聞くんですか?」

「そうですよ、今の今まで副隊長がずっと副隊長だって、思ってたんですから…!」

「…私は、今回の事件でみんなに見限られたと思った。信頼を失ったのに、副隊長はできない、そう思った。」

 ベイルが言うと、一瞬(いっしゅん)、空白があった。やはり、そうだ。確実に広がった隊員達との距離。きっと、マウダはこれを作るための回し者だったのだ。シークを(さら)えなかった場合の腹案だったのだろうか。


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