教訓、三十二。交渉は結局、妥協でもある。 3
みんな一斉に沈黙してシークを見つめた。
「言っておくが冗談じゃないぞ。本当のことだ。レルスリ殿がベブフフ殿から聞き出した話らしいからな。嘘だと思うなら、ベリー先生に聞いたらいい。」
「…えぇーほんとですかー!?」
みんなから一斉に返される。
「ははは、だから言っただろ、覚悟しろよって。いいか、覚悟しろよ。田舎出身だからって高を括るな。たぶん相当の田舎暮らしでないと、大変な田舎だと思った方がいいな。」
「そんなに田舎に送られるんですか?」
「うん。相当の田舎らしい。」
「隊長こそ、大丈夫なんですか?隊長ってサプリュ出身でしょう?」
シークの家がどんなか知らない隊員から、そんな意見が出る。
「隊長は問題ないって。」
モナがすかさず反応した。
「そうですよね、副隊長?」
モナがベイルに話を振った。ベイルの伯母がマウダを送った件依頼、ベイルはどことなくみんなから距離を置きがちだったが、モナがそれを取り持っている。
何かあったのかと思うが、それはそれでいいことだった。最近、モナはロルとも仲良くなった。前は頭の良いモナが少しロルを馬鹿にしている傾向にあったが、今はそれがなくなったようだ。
「…そうだな。隊長の家に行ったことがあるヤツは分かるだろうが、隊長の家は普通じゃない。」
「副隊長、隊長の家って“家”って言えるものですか?せめて屋敷じゃないですか?」
モナが突っ込む。まあ、確かにとシーク自身も思う。
「いや…屋敷というより…“城”じゃないか?城郭、城塞、要塞…そんな感じだ。」
考えながらベイルが口にした。
「城塞とか要塞は行き過ぎだろう。」
思わずシークが口を挟むと、モナとベイルがじっとシークを見つめた。
「はい。隊長、私も隊長の家は城だと思います。」
ロルが手を上げてはっきり述べた。
「だよなあ、オスター。同感。」
モナがほっとして頷いた。
「だって、隊長の家って、サプリュの城壁の一部があります。だから、やっぱり城だと思います。城塞と言ってもおかしくない。その城壁の管理をしていて、しかも、敷地内への出入りのための城門の管理もしているので、やっぱり城塞と言って、おかしくないと思います。」
ロルは意外に勉強が得意である。のんきな田舎の青年だが、けっこう、そんな所はしっかりしている。
「隊長、噂では隊長の一応“家”の敷地って馬鹿に広くて、馬で移動するって噂ですけど、本当ですか?」
「端から端までどれくらいかかるんですか?」
「そうだな…たぶん、馬で三、四日じゃないか?」
「えぇー、もうやっぱり、家じゃない。城で決定。」
「そうですよ、それじゃあ、小さい領主じゃないですか…!」
みんな言い出した。
「そうだぞ、小さい領主だ。隊長の一応“屋敷”の敷地内には、田畑から山、川まである。」
ベイルが頷いた。
「山って…馬で三、四日の敷地じゃ、あってもおかしくないか。」
「いや、山って言っても、そんなに大きくない。小山というか丘というか。川だって小川だ。」
シークは急いで訂正した。そんなに広大だと思われても困る。
「隊長、そんなに大きくないって言ってますけど、普通、自分の家の屋敷に小川とか小山か丘はありませんから。」
「…つまり、隊長はサプリュにいながら、田舎暮らしをしているんですか?私の家は街の森の管理者だから、街の森のすぐ側にありました。それで、サプリュにいながら田舎暮らしをしてました。」
ロモルが言った。ウィットも別の街の森の管理者の家の出身である。
「そういうことだな。」
ようやく話が本題に戻って、シークは頷いた。
「当家は古いから、屋根裏にいろいろな動物が住み着いていて、時々追い出さないといけない。蛇も住んでいるし、貂やイタチも住んでる。フクロウもいることが分かって、追い出したりしているし、雀も燕も、やまねも住んでる。」
「随分、いろいろ住んでますね。隊長の家で生態系ができあがってる。」
「そうだな、でも、蛇が一番やっかいだ。燕や雀くらいならいいが、それを追って蛇が来るのはな。猫も大きな蛇は自分がやられるから、怖がって近寄らないし。普通の縞蛇だと思って捕まえようとしたら、毒蛇で慌てたことがあった。」
「危ないですねー。」
「ほんと、危なかったな、あれは。屋根裏に上半身突っ込んで、毒蛇だと気がついたから急いで戻った。」
「どうしたんですか、その毒蛇。」
毒蛇などの危険生物を専門に捕まえ、カートン家に売る仕事をしている人に頼んで捕まえて貰ったことを話す。
「なんか貴重な毒蛇だったらしくて、喜んで持って帰った。」
「おれのうち、毒蛇は住んでないや。」
ロルが感想を述べた。普通、住んでないと思う。いや、気がついてないだけかもしれないが。
「そういえば、隊長の部屋の雨漏りは直ったんですか?」
モナが思い出して聞いた。
「いいや。応急処置だけだな。大工さんに来て貰ったら、白蟻にやられて腐ってるって言われて、よくよく調べたら古すぎて立て替えないと無理だって言われた。そんな金がないから、一族みんなで悩んでる。親族の結婚式も多くて、入り用な物が多いしな。」
この時、シークは王に結婚しろと命じられたことを思い出した。実際の所、どうやって結婚資金を捻出したらいいのか、物理的なことを思い出してしまい、頭が痛くなりそうだった。有名な十剣術だからといって、金持ちではない。
「とにかく、田舎暮らしだから、みんな覚悟しておくように。」
注意して終わろうとしたシークは気がついた。
「そうだ…!雨漏りの話で思い出したが、きっと大工道具もいるだろう。簡単なのこぎりくらいは持って行った方がいいな。斧は備品で持っているからいいが。」
簡単な斧は、国王軍の兵士が身につける装備に含まれている。進軍中に木を切ったり、道路工事などを行う必要がある場合に備えてだ。もちろん、最終的には武器にもなる。さすがにのこぎりなどは、工兵部隊がいるから持たない。
「隊長、知り合いに工兵部隊の副隊長をしている者がいます。彼に頼んでみましょうか?ちょうど、ベブフフ家の領内に赴任しているんです。元々、そこの出身だったので。」
ベイルが考えながら口を開いた。シークは頷く。
「私も工兵部隊の備品を借りるのが一番いいと思っていた。知り合いにいるなら、そうしてくれ。頼んだぞ。」
はい、とベイルは頷いた。
「それで、隊長、田舎田舎って、どの辺ですか?」
「ヒーズの近くと聞いている。そういえば、言うのを忘れていたが、パルゼ王国から来た人の村らしい。閉鎖的で男女に関係なく手が早いから気をつけるようにと、繰り返しレルスリ殿に注意を受けたんだった。」
シークが頭をかきながら言うと、隊員達みんながシークを見つめた。一瞬の沈黙の後、一斉に抗議される。
「隊長、今の一番、重要じゃないですか…!」
「そうですよ、若様の護衛をとびっきり気をつけてしないと、いけないじゃないですか…!」
「全く、一番、肝心な所を忘れてる。」
「すまん、すまん。そういえば、村娘達が玉の輿を狙おうと親衛隊に近づこうとするかもしれないから、気をつけるようにとレルスリ殿に言われていたんだった。」
「隊長、だから、それ重要な注意でしょうが、レルスリ殿からの…!」
「他にないですか、レルスリ殿からの注意。」
シークは考えたが思い出さなかった。
「たぶん、ないかな。さてと。」
シークは言って立ち上がった。
「隊長、どこに行くんですか?」
「これだ。」
手に持った紙挟みを見せる。大量の書類が挟まっていた。
「出発前にこれを片づけないと。腕が棒になりそうなほどの量だな。さっさとしないとまずい。じゃあ、後はみんなゆっくり。フォーリがたまには、ゆっくり休んでいればいいと言っていた。だけど、ちゃんと準備はしろよ。」
シークは言って、医務室に向かった。結局、そこがシークの部屋になっている。




