教訓、一。突然の出世には裏がある。 2
「そしてグイニス王子、セルゲス公です。」
セルゲス公はリイカ姫の弟王子である。十歳の時に政変により、幽閉されていた。政変を起こした主は叔父であり、叔父が今は国王になっている。王子はセルゲス公の位が与えられたものの、病弱で気が狂ってしまっているという噂もあった。しばらく幽閉されていたせいらしい。絶世の美女であった母、故リセーナ王妃にそっくりな美少年だという。今は十三歳くらいである。
「可哀想な方ですが、この子…この方の護衛に就くと命がけって話です。大きな声では言えませんけど、例の女性が刺客を放ちまくるって噂ですから。」
“例の女性”とは今のカルーラ王妃のことだ。王太子である息子の邪魔をする存在として目の敵にしており、セルゲス公を亡き者にしようと毎日計画を立てているという噂だ。
「セルゲス公の護衛はある意味、左遷って話ですよ。それか、例の女性から何か囁かれてそっちにつくか。二つに一つっていう嫌な選択をしなくてはならなくなりそうです。」
モナは言ってため息をついた。
「お二人とも敬遠されていますからねえ。リイカ姫の護衛になって北方の部隊に笑われながら、何もできずにぼーっと突っ立っている毎日か、セルゲス公の護衛になって、命がけで休む暇がない毎日か、のどちらかです。
でも、その中で一番可能性があるのが、セルゲス公ですよ。セルゲス公の位が与えられていますからね。親衛隊が必要なはずです。」
探索などが得意なモナは結論づけた。
「…そうかもな。でも、どんな方の護衛であろうと、我々のやることは同じだ。誠意を持って、その身辺をお守りすることなんだからな。」
シークの答えに隊員達がはあっ…。という顔をした。
「…なんだ、その顔は?」
「隊長ってだから、出世できないんっすよー。」
「…なんか、こう……。他人を蹴落としてでも行くぜ!みたいなガツガツしたやる気っていうか…。そんなのないんですか?」
「お前らな、他人を蹴落としてどうするんだ。」
心配してくれるのはありがたいが、他人を踏み台にして出世しても意味はない。
「言っても無駄だってー。だって、隊長って精神が年寄りくさいからさ。」
「……。」
心にぐさっと突き刺さった。今のは痛かった。年寄りくさいって…。
「分かる分かる、なんか、悟った仙人がダメじゃーって言ってるみたいな?」
「ああ、確かに言われてみれば。確かに仙人だよな。普通、あんな嫌がらせされたら怒り心頭だって。でも、受け流しちゃってさ。子供じみてんだろ、マントに落書きって。」
先日の誰かの嫌がらせについて言っているのだ。何者かがシークのマントに落書きをしてあったのだ。誰なのか想像はついたが、追求しなかった。従兄弟達の誰かだろう。
「分かった、分かった、みんな。心配してくれるのはありがたいが、大丈夫だ。」
シークが宥めると、隊員達は仕方なさそうに口を閉じた。
「…しかし、隊長。実際問題として、殺されたりしないで下さいよ。」
モナが真面目な顔で言った。
「殺人事件って親族間や家族間で多いんですよ。」
「…殺人って大げさじゃないか?」
シークは思わず苦笑する。
「いいや、全然大げさじゃないですよ。はっきり言って悪質です。このままじゃ、隊長、下手したら牢屋に入れられますって。」
モナはそういう事件の方面に詳しい。除隊したら、公警か民警に入る予定だ。ごく最近まで、国王軍が警察の役割を果たしていたので、事件を担当する詳しい人間も、隊の中に必ず一人か二人はいるようになっていた。
「…そうか、そうか、分かった、気をつけるよ。」
大げさだと思うので、つい、返事がぞんざいになる。
「あぁ、もう隊長、全然返事に緊張感ないし。信じてないですよね?」
「まあ、気にするなって。」
「気にしますよ、隊長がクビになったら俺達どうしたらいいんですかって、話なんですけど。」
モナは細かい。どうしても、性格と配属されている理由が探索方だから、仕方ない。
こうして、部下達が慕ってくれる。確かにもう少し上に行くぞって思った方がいいのかもしれないが…。そうやって、やる気が空回りしてやめていく人を多く見てきただけに、やる気を中の上くらいに保っているつもりだった。
「隊長、ところでいつ頃、陛下に拝謁するんですか?」
ベイルに聞かれてはたとシークは考え込んだ。
「あれ?そういや、管理長、いつって言わなかったな。まさか、今から!?」
シークが慌てた時、廊下を慌てて走る音が聞こえてきた。
「おい、ヴァドサ!すまん、迎えが来た!明日かと思ったら、これからだと!」
扉が勢いよく開いて、管理長が怒鳴った。
「えぇ!」
「大変です、早く着替えないと!」