教訓、三十二。交渉は結局、妥協でもある。 1
「隊長、何でもっと、ガツンと言ってやらなかったんですか…!!」
「そうですよ、馬鹿にしているとしか思えない…!」
「仮にも若様はセルゲス公ですよ…!?王子なんです!何を言ってるんだか!」
「本当に何を考えているんだ!」
「話にならん!何だったんだ、あの偉そうな態度は…!」
「若様の見た目が可愛いからって、身分まで変わるわけでもあるまいし!」
一斉に隊員達に詰め寄られ、シークは思わず背中をのけぞらせた。
「おおい、分かった、分かった、落ち着けーみんな…!」
「落ち着いてられませんよ…!」
「あれは…!私達にだって分かります…!絶対に若様だけでなく、隊長に対する嫌がらせですって!」
「ほんっと、ふざけるなっていうんだ…!」
「隊長、腹が立たないんですか…!?何か、最近、前にも増して、丸くなっちゃったような気がするのは、気のせいですか!?」
「気のせいじゃないって…!」
「このままだと、副隊長に隊長の座を奪われますよ!?」
それを聞いたシークは手を打って立ち上がった。
「なるほど、それはいい考えだな…!ベイルと隊長と副隊長を交換しよう…!」
部下達一同が、え?と引いた。
「……えぇー!?嫌だー!」
一斉に抗議される。
「なんでだ、いいじゃないか、ベイルで。」
「だって…。」
みんなひそひそと言い合う。
「…だって、何だ?」
腕を組んで少し凄んでみせると、ディルグ・アビングが答えた。
「だって…副隊長って…怖いですもん。」
「怖い?じゃあ、ちょうどいいじゃないか。ベイルと隊長と副隊長を交換しよう。」
「…えぇー!」
「だって、隊長と副隊長って、怖さの種類が違うんですよー!」
「そうです、そうです、ちょっと違うんですって…!」
シークは首を捻った。
「そうかあ?ためしに交換してみたらどうだろう。」
「だから、嫌だって言ってるじゃないですかあ!!」
「そうですよー!」
「みんな、そんなにベイルを嫌わなくてもいいだろう?」
「そういうことじゃないんですって!」
「好き嫌いの問題じゃないんです…!」
「副隊長が嫌いっていうんじゃないんです…!でも、隊長が副隊長って何か、変です…!」
「そうそう、何かしっくりこないって言うか!」
「そう、しっくりこない…!」
「……そうか?」
あまりの勢いの抗議にシークは押され気味だった。良い考えだと思ったのにな。そんなことを思う。最近、シークの代わりにベイルがずっと、隊長の代理をしていたので、ベイルに迫力がついてきた感じがある。このまま隊長にしてもいいと思ったのだ。自分が副隊長で補佐をしてやれば、いい隊長になれるだろうと考えたのである。
「隊長。」
そこに当のベイルがやってきた。みんな、ちょっとぎょっとする。一斉に部下達が引き気味になった。
「私も嫌です。隊長の副隊長を私はしたいんです。隊長が隊長じゃないと、なんか変です。みんなが言うとおり、しっくりきません。」
ベイルがちょっと怒った調子で言った。そんなにダメなんだろうか。
「いや、ベイル、お前はずっと私の代わりに隊長をしてきただろう。最近、迫力も出てきたし、やり方も覚えただろうから、このままお前が隊長で、私が副隊長で補佐をしたら、どうなんだろうなって思って。
そうしておけば、もし、万一何かあった時、隊長という指揮官をを失わなくて済む。」
前から考えていたことではあった。機会があったら、みんなに聞いてみようと思っていたことだった。
最後の一言で、一斉に隊員達全員がはっとして、わいわい言っていた空気が一気に緊張した。
ベイルが拳を握った。ぎゅっと眉間に皺を寄せる。
「…やっぱり、そういうことなんですか、隊長。」
妙に深刻な様子でベイルは言った。
「もし、万一何かあった時、隊長は自分が危険な方を行くんでしょう?私達に安全な所を行かせて、自分一人が危険な所に行って、一人で死ぬつもりなんですか?」
そこまで深刻に考えたわけじゃなかったんですけど…。だが、現実的に弱っている方が、危険な方を行くべきだと思う。自然界の掟も弱っている方が、健康な群れを守るような働きになっている。
「…いや、一人で死ぬとか、そんな深刻に考えたわけではないが、現実的に考えて、体力が戻っていない私より、健康なお前の方が隊長をした方がいいんじゃないかなと思ってな。そう、深刻に考えなくても。」
シークがなんとか、この空気を宥めようと言ってみても、ベイルもみんなの様子も厳しいままだった。
「…隊長には、そんなつもりはなくても、私達は深刻に考えます。隊長は、鞭打たれた時だって、一人で全部負いました。いつだって、全員助けようとしています。隊長はニピ族のフォーリだって、守っています。普通、最強の戦士だって分かっている、ニピ族を守ろうなんてしません。」
ベイルの指摘にシークは困った。
「いや…別に私は守ろうとしているわけではない。ただ、若様のたった一人のニピ族の護衛だ。いなくなったら困るだろう。最強の戦士はいざという時に、真価を発揮できないといけない。ベリー先生だって同じだ。有能な先生だし、何かあったら困るだろう。そうでなくても、世話になりっぱなしだし。」
じっとシークを見つめていたベイルは、シークの言葉を聞いて、はあぁとため息をついた。
「ダメだ。分かりましたよ、隊長。でも、交代はしません…!」
「ほんと、ダメっすね、副隊長。」
「隊長って、妙な所で頑固なんですよね。」
「悪かったな、頑固で。」
「はいはい、分かってますよ、どうせ、年寄り臭いんだし。」
「とにかく、交代はなし!です。みんな、いいよな?」
ベイルはシークにきっぱり言った後、隊員達みんなを振り返る。
「賛成でーす。」
一斉に唱和した。まだ、時ではなかったらしい。シークは苦笑した。
「分かった。まだ私が隊長でいいんだな?だったら、きつい訓練しても文句はないな?」
「どうせ、隊長の方ができないんじゃないんですか?」
「何言ってるんだ、私は座って休んでる。お前達だけがするんだぞ。口だけで指示する。」
「えぇー!なんですか、それ!」
冗談を言うと、冗談に聞こえなかったらしい。
「ははは、冗談だ。」
「なんだ、冗談?」
「いや、今のは半分本気だったって。」
「それにしても、隊長を交代したら、面倒な事務仕事を全部やって貰えると思ったのに。」
「あ、今のすっごい本心出た。」
隊員達が言い合う。
「隊長。」
ずいっとベイルが一歩出てきた。
「はい。逃げられませんよ。その、面倒な事務仕事を持ってきましたから。」
シークの目の前に紙挟みに挟まれた書類を突き出した。
「……うん。分かった。」
シークは嫌嫌ながら、書類を受け取った。




