フォーリとサグの内緒話。 3
しばらくして、ジジジ、とランプの芯が音を立てた後、油が切れて辺りは真っ暗になった。ようやく、シークは草を引く手を止めた。
空を見上げると、星がたくさん瞬いている。
(……ああ、天のお星様になりたい。)
思わずそんなことを思ってしまう。
「あのう。」
「うわぁぁ!」
てっきりいないと思っていたので、突然、サグから声をかけられて、シークは死ぬかと思うほどびっくりした。本当に心臓が止まりかけた気がする。
「…大丈夫ですか、すみません。さっきはすみませんでした。ですから、思い詰めてそんなこと言わないで下さい。」
そんなこと?ああ、天のお星様になりたいって思ったことか。と考えて、口から出ていたことに気がついた。物凄く決まりが悪い。
「さっきは悪かった。別に馬鹿にしたつもりはなかった。」
フォーリも謝ってきた。だが、さすがにシークも怒っていた。
「あれのどこが、馬鹿にしてないと?」
いつもは言わないのに、つい言い返してしまう。
「…馬鹿にしたというか…お前はいつも真面目だ。若様のことを第一に考えてくれるし、助かっている。それに、剣術のことでも一目置いている。それなのに、恋愛とか…そういう方面がとんとだめで、つい、その反応を見たら面白いから、からかっているだけだ。」
「すみません。馬鹿にしているつもりはないんです。私もヴァドサ殿のことを尊敬しています。でも、純粋な少年のようなところがあるので、つい、からかってしまうんです。旦那様も同じです。めったに笑わない旦那様が、おかしそうにされています。
その、旦那様も馬鹿にしているわけではなくて、その反応がおかしくて、つい、笑ってしまわれるんです。旦那様もヴァドサ殿には一目置かれています。本当のことです。ヴァドサ殿でなくては、殿下をお守りすることは到底出来なかったと、そう言われておりました。」
シークの機嫌を直そうとフォーリとサグは必死になっている。そこに人の気配がした。
「何やってるんだ?あんまり遅いから、ベイル副隊長達に若様を任せて、様子を見に来た。」
ベリー医師がランプを持ってやってきた。いじけたようにしゃがみこんでいるシークの姿を見て、ベリー医師は状況が分かったようだった。夜中で静かだから、話していた内容も聞こえたかもしれない。
「……あぁ。当の本人の前で聞かれたらマズい話をしちゃったわけだ。それで、機嫌を直している所というわけだ?」
「…まあ、そんなところです。」
サグとフォーリが頷いた。
「自業自得だ。自分達で何とかしなさい。」
ベリー医師は行って、立ち去ろうとする。
「…先生。」
フォーリとサグは同時に言って、ベリー医師の腕を片方ずつ掴んで引き止めた。
「分かったよ。分かったから、手を放しなさい。」
ベリー医師は言って、シークの前に来ると、肩をぽんぽんと叩いた。
「まあ、シーク君、君もそう落ち込まないで。彼らはニピ族だ。誰にもいろいろ言えないし、鬱憤もたまるんだよ。あなたを笑いものにして、鬱憤を晴らしているわけだ。まあ、それでまた、任務にちゃんと向かえる気力が出るなら、いいじゃないですか。」
「……でも、私は落ち込みました。かなり落ち込みました。地の底に落ちたと思うくらいです。」
シークの答えにベリー医師は、フォーリとサグの二人を見やった。
「一体、何の話したの?」
サグとフォーリは顔を見合わせ、仕方なく口を開いた。
「…その、恋文の話を。」
「…恋文の話…あれね……ぶふっ。」
その後、ベリー医師は誰よりも大声で笑い出した。必死になって、崖下に転落しないよう踏みとどまったのに、ベリー医師に後ろから蹴り飛ばされたような気分だ。
「先生、真夜中です、声が響きます…!」
サグとフォーリが慌てた。
「先生、ひどいです…。そんなに笑わなくていいじゃないですか…!」
とうとうシークは立ち上がって、ベリー医師に抗議した。
「だって、あんなに純粋な反応を示されたらね、からかいたくなるよ。無垢な少年のようにみずみずしい反応だから、可愛いじゃないか。」
く…何か、天から太い投げやりが落ちてきたのだろうか。
(無垢な少年のようなみずみずしい反応って…。)
「馬鹿にしているんじゃないよ。だって、今だってそうだろう。そんなに怒ったら可愛いもんだよ。フォーリみたいに小憎らしいほどに、鉄面皮でいれば、あんまりからかわれない。でも、敵を多く作るけど。今以上に、敵を作ってもしょうがないから、それでいいんじゃないですかな?可愛い性格の方がいいでしょ。」
そんなに可愛いを連呼しないで下さい…。
その時、シークは、はっとした。もしかして、若様はいつも、こんな気持ちになっているのか!?確かに男としては、複雑な気持ちかも知れない。それに若様は童顔なので、つい子供扱いしがちだ。
「どうしたんですか?」
急に黙ったので、ベリー医師がシークの顔を覗き込んだ。
「…いえ。」
「いや、何かある。何ですか?」
ベリー医師とニピ族二人の前で隠し事は無理だった。フォーリとサグも、言わないと通してくれそうにない。逃亡は最初っから無理である。
「その…可愛いと言われて気がつきました。若様もこんな気分だったのかと。容姿のことだけでなく、私も子供扱いをしすぎて、傷つけていたかもしれないと思いまして。」
「……ああ、なるほど。」
ベリー医師が頷いた。フォーリとサグが顔を見合わせている。馬鹿にされたような気分だが、これで若様の気持ちが分かったなら、良しとしよう。もう、いいことにしよう。というか、もういいや。という投げやりな気分にシークはなった。
「戻って寝ます。疲れました。」
「そうですね、寝るべきです。」
ベリー医師は頷く。
「ところで、もう怒ってないんですか?」
ベリー医師の確認にシークは頷いた。
「はい。二人は私の部下ではありませんが、部下は上司の悪口を言うものです。悪口とまでいかなくても、なんやかんや言っています。そういうものだと思えば、それくらい、二人は私を近しく思ってくれていることでもあるので、いいことにします。」
「そうですか、いいことですね、そうやって割り切っちゃう、そのご老人気質。」
「……。」
ご老人気質って…。褒められているような気はしない…。
「あ、褒めているんですよ。本当です。悪い老人だと、文句ばっかりで全然、悟りの“さ”の字もないんですから。じゃあ、仙人気質って言い換えようか。」
「そっちの方が、まだましです。」
毒舌家の先生だから、仕方ないか。褒め言葉だと受け止めておこう。シークはそう思ってランプを拾った。
「火を分けましょうか。」
火が消えたランプを見て、ベリー医師が言ってくれた。
「それが、油が切れてしまって。」
「そうですか、じゃ、一緒に戻りましょう。フォーリ、もう、若様のところに戻るだろう?丈夫だと言っても、ちゃんと寝なさい。」
「…はい、そのつもりです。」
「じゃあ、二人ともお休み。」
シークは二人に言って、ベリー医師と医務室に戻った。
フォーリとサグはそれを見送ってから、お互いに言った。
「結局、私たちはあれで許されたのか?」
「たぶん。」
二人は確認し合った後、それぞれ戻って寝たのだった。




