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フォーリとサグの内緒話。 2

 さっきからサグはずっと、思い出し笑いをしている。

「一体、何を思いだして笑っている?ヴァドサのことか?私にも教えろ。」

 きっと何かろくでもないことに違いない。そんな話に食いつくな、フォーリ…!心の中でシークは怒鳴った。

「いや、それが、旦那様が帰られる前の話だ。ヴァドサ殿が(むち)打たれて、まだ療養(りょうよう)している時の話だが、旦那様が陛下のご命令でヴァドサ殿の恋文の添削をして帰られた。その時のことだ。」

 シークは青ざめた。うっかりランプを落としそうになり、慌てて握り直した。すると、フォーリが勢いよくサグに詰め寄った。

「そんな面白そうな話、ベリー先生も教えてくれなかった。」

 さすがのベリー医師も黙っていてくれたのに、サグがバラしそうな雰囲気だ。

(お願いだ、頼む、黙っていてくれ、サグ…!それだけはバラされたくない…!)

 シークの必死の願いもむなしく、サグは口を開いた。

「実は旦那様は、最初にヴァドサ殿に自力で婚約者(あて)の恋文を書かせようとなさった。」

「ぶっ。」

 そこを聞いただけで、フォーリが吹き出した。

「想像できる…。絶対に書けない。冷や汗をかきながら書けなくて、顔にどうしようと書いてあるはずだ。」

 そんなに自分は分かりやすいのだろうか……。シークは落ち込んだ。

「そう、書くことが出来なくて、腕が震えるまでそのままの体勢だった。」

 くくく、とフォーリが腹を抱えて笑っている。

(…く、そんなに笑うが、お前は書けるのか…!恋文ってものを!)

 シークはフォーリに向かって心の中で怒ったが、必死に冷静さを保とうとした。下手に殺気を出し過ぎると、二人に気づかれてしまう。今の状況で、絶対に気づかれたくない。

「それで、旦那様は仕方なく、いつも通りの手紙を書くように言われ、ヴァドサ殿が書いた手紙に添削をされた。まあ、紙面はほとんど真っ赤になって、全部書き直された。あれは、全く違う手紙だった。」

「…く……くくく。ヴァドサに恋文を書けるわけがない。私達は書く練習をするが。それができないと、情報は聞き出せないし。」

(……。)

 そうだったのか…。ニピ族は任務のためなら、一夜の関係も(いと)わないとベリー医師が言っていたが、手紙なんかもそうなのか。任務の一環であんなに、甘ったるい言葉を書き連ねることができるのか…。

 そういえば、フォーリはたとえ街中を裸で走ることになっても、全然恥ずかしくないと言っていた。きっと、恋文なんかもそうなんだろう。

 なんか妙にシークは落ち込んだ。立っている気力も失せて、地面にしゃがみ、ランプも落とさないように地面に置いた。

「旦那様に添削された手紙を受け取った時の、ヴァドサ殿の反応ときたら…。旦那様も笑いをずっと()(こら)えていた。」

 サグは笑いながら言う。そんなに笑わないでくれ……。だって、恥ずかしいじゃないか…。シークはその辺の草をちぎった。

「もう、耳まで真っ赤になって…。そんなに恥ずかしがらなくても…というほど、恥ずかしがって。純粋な反応だった。だから、旦那様も余計に、いつも以上に嫌と言うほど甘い言葉を書き連ねられて、この通りに書きなさいと。」

(!な、なんだと!?“いつも以上に”?)

 思わずシークは声を出しそうになった。

「…も…もしかして。」

 フォーリが笑いながら、息も絶え絶えに聞いた。

「おかしいとか、もう少し変えたいとか、一言も言わずに、言われたとおりに書いたのか?」

「その通りだ。」

 二人は言って大笑いした。

 シークは衝撃(しょうげき)のあまり、子供みたいに(ひざ)に顔を埋めた。もう少し、変更したいと言ったらできたということか?

(…そ、そんな……。)

 泣きたい気分だ。さすがにシークはかなり、落ち込んだ。地面に埋まりそうなほど落ち込んだ。アミラはきっと変な手紙が来たと思ったはずだ。誰かに変な手紙が来たと、相談したりしていないといいんだが。シークの心配は的中していたが、そのことを知るのは、もう数日後のことである。

「…もし…ヴァドサの部下の前で、婚約者宛に出した恋文の返事が来たか聞いたら、どんな顔をするだろうな。」

 フォーリが実に嫌な提案をした。

(やめろ…!フォーリ!妙な提案をするんじゃない…!)

「そうだな。面白そうだ。旦那様にもお話ししたら、きっと面白がられるだろう。」

(やめてくれ、サグ!そんな話をレルスリ殿にまでするんじゃない!)

 思わずシークは、握っていた草を力強く引き抜いてしまった。

 ブチッ…。という音は普通の人には聞こえないかもしれないが、ニピ族には十分に聞こえる音だった。

「?何だ、変な音が。」

 二人がさっと振り返る。急に殺気立って音がしたこっちに、迷いなく歩いて来た。

 シークはもう、どうでもよくなって草を引き続けた。ランプを最小限に(しぼ)ってあったので、さしものニピ族も木の陰からでは、シークの存在に気づいていなかったらしい。そう、気づいていないのは分かっていた。シーク自身も気づかれないよう、気配は消していた。

「誰だ…!」

 二人は(はさ)()ちにするようにやってきて、シークの姿に息を呑んだ。しゃがんでいじけて草を引きちぎっているシークを見て、絶句する。

 さすがの二人も、すぐに何も言えずに黙り込んだ。

「ずっと…いたんですか?」

 フォーリとサグは、何かお互いに腕をつつきあったりして、どっちが先に声をかけるか押しつけ合っていたが、結局、サグが声をかけた。

「……ええ。いましたよ、最初っから。戻るに戻れずに。」

「………間が悪いんですね。」

「……間がいいと言って欲しい……。」

 悲壮感を(ただよ)わせてシークが草を引き続けているので、二人は黙ってしまった。

「…それでは、私達は先に失礼します。」

 一人にしておいた方がいいと判断した二人は、静かに一度去って行った。


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