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フォーリとサグの内緒話。 1


 そして、その真夜中。

 シークはベリー医師に、生ゴミ臭くて汚いからと、全身を洗うように指示された。(かみ)の毛も全部洗って乾かすと、(うし)三つ時になっている。

 一度、医務室に戻って布団に入ったが、妙に目が覚めてしまい、起きていれば余計なことを考えて、さらに眠れなかった。仕方なく、シークは静かに起き出すと、寒くないように上着を着込んだ。

 ずっと部屋には火を(しぼ)った小さなランプがおいてあるので、それを持って部屋を出た。隣室でベリー医師が眠っていたが、人には寝台で寝ろと言っておきながら、自分は長椅子に寝転んで、しかも何もかけていない。これでは風邪を引いてしまう。シークは毛布を二、三枚棚から持ってくると、ベリー医師にかけた。

 疲れ切っているのだろう。毛布を丁寧にかけている間に、ベリー医師は目覚めることもなかった。

 近くには部下達も椅子に座って二人、居眠りしていた。これでは寝ずの番にはならないが、まあ、いいかと思う。今日は…というか昨晩は非常に疲れただろうから。

 静かに外に出て散歩した。(くも)りがちだった空は今は晴れている。水の流れのように雲が空で渦巻きながら流れていき、その隙間(すきま)から(きら)めく星がびっしり(またた)いている。

 美しい空を(なが)めているうちに、森の子族のことわざを思い出した。『あなたに思い悩んでいることがあったら、サリカタ山を見なさい。本当にあの山のように越えられない問題なのか、もう一度、よく見てご覧なさい。』ということわざだ。つまり、サリカタ山のように越えられない問題は、そう多くないということだ。

 そうだ。そういう大問題は、実際にはそう多くない。自分自身が変われば、問題にはならないことも多い。

 先人の知恵を思い出して、道が開けた気がしたところで、立木の向こうに何か人の気配に気がついた。

「ベリー先生が来るのが遅かった。」

 向こうの方でフォーリがぼやいた。

「さっと起きるつもりで、何もかけないで寝たのに、誰かがしっかり毛布をかけてくれていたから、うっかり寝過ごしたと。」

「……そうか。」

 相手はサグのようだ。何かニピ族同士で話し合う予定だったらしい。フォーリが遅れたのはシークのせいだが、何も言わないでおこうと決めた。

「それで、どう思う?マウダがヴァドサを(さら)いに来た理由について。」

 フォーリが単刀直入に本題に入った。シークは動くに動けなかった。

(困ったな。戻りたいのに、戻りにくい。動いたら見つかるし…。立木があるといっても、(かん)が良いから、動いた瞬間(しゅんかん)に見つかるな。

 見つかってもいいか。でも、ベリー先生が寝過ごした原因が私だって、きっと分かるだろうしな。そうなったら、またフォーリが殺気を飛ばしてくるから、面倒だな。最近、やたらと殺気を飛ばしてくるんだよな、フォーリのヤツ。)

「本当のところ、ヴァドサ殿の叔母の依頼だけで、攫いに来たのかは不明だと思う。」

「私も同意見だ。なんて言っても親衛隊の隊長だ。実力だって分かっている。弱っているとはいえ、大がかりだ。マウダの頭領が言っていたとおり、誰かを攫って売っても、割に合わないだろう。無茶な仕事をマウダはしない。」

「その通りだ。しかも、わざと誰が依頼してきたのか、そんなことを言って去った。普通は言わない。誰の依頼なのか、言わないのが決まりだ。失敗したとしても言わないのが、マウダの商いの(おきて)のはず。」

「私もそれが不思議だった。ヴァドサが指摘したとおり、明らかにわざとだ。しかもベイルの方でも同じ事をしていた。後で話をよく聞けば、わざわざマウダの頭領は、ベイルにどう思ったのか聞いている。自分の伯母が、そんな非道なことをしたと知ったら、誰でも動揺する。」

 サグも(うなず)いた。

「その通りだ。ヴァドサ殿は大した人だ。普通、あれくらい動揺しておかしくない。確かに少しは動揺していたが、すぐに冷静さを取り戻し、ベイルが心配だと言い出した。」

 そんなに()められると、照れるな、そんなことを一人でシークは思う。

「いや、あれは単純に鈍いだけだ。数ヶ月、一緒にいて気づいたが、ヴァドサは結構(けっこう)、鈍いところがある。だから、あんなにのんきにしていられる。」

 フォーリがばっさり切るように言う。

「…本当にそうか?それだけではないと思うが。」

「まあ…確かに長老達に育てられているせいか、妙に老成して年寄りくさい所がある。同じ二十代なのに、二十代を若いからなって思ってるぞ。誕生日が来て、三十代になったのかどうか知らないが。」

 すると、サグが頷いた。

「そうそう。まだ、若いからしょうがないか、とか言っていた。同じ二十代なのに。だから、旦那様もおかしそうにしておられた。」

 サグは言った後、くくく、と笑い出した。何だか妙な話の流れになっている。人がいないところでは、こんな話をしているのか、あいつらめ。まあ、しょうがないか、上司の悪口を部下は言うものだし…。と考えて、彼らが部下ではなかったことを思い出した。

「しかも、私達が部下と同じ扱いだ。自分と関係のある者は、みんな守るべきものという(くく)りになっているようだな、ヴァドサの頭の中では。」

「そこがあの人の良いところだと私は思う。それに、私達を相手に手加減して戦おうとしていた人だ。」

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