表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

294/582

マウダ事件が起きた時のこと。 4

「!」

 シークとマウダの少年の二人は、同時に落ち葉に滑ってお互いに組み合ったまま、後ろに転んだ。そして、そのままシークは組み敷かれかけたが、足技で向こうに投げ飛ばした。ちょうどマウダの面々の方に転がり、相手はすぐに受け身を取って立ち上がった。

 シークも急いで立ち上がる。

「お待ちを。」

 マウダの声の低い男が、少年を止める。前に出てきた声の低い男の顔には、刀傷があった。それが凄味(すごみ)を増している。体制を整えたら、また向かって来そうだった少年は男を見上げ、それからマントを目深に被り直した。

「ヴァドサ・シーク、あなたは強い。私の急襲(きゅうしゅう)(かわ)したのだから。これで、取り逃がしても仕方ないと頭領も納得するだろう。」

 彼は言って行きかけたが、振り返った。

「久しぶりに楽しかった。」

 そして、少し考えてから口にした。

「…実はあなたを(さら)うように依頼したのは、ルマカダ家から嫁いだあなたの叔母です。よほど、あなたの才能が(ねた)ましいのでしょう。自分の息子達が出世できないのは、あなたのせいだと思いたいようです。」

 思わずシークは息を呑んで、相手を凝視(ぎょうし)した。王妃は関係なかったらしい。

「傷ついたでしょう?私も傷つきました。」

「それ以上は…!」

 マントの少年に声の低い男が(きび)しく(いまし)める。

「分かっている。」

 彼は言って、今度こそ身を(ひるがえ)した。声の低い男を始め、彼を守るように取り囲む。死んだだろう仲間の遺体は他の者が運び、怪我をしただろう者も一緒に去って行く。

 しばらく、シークは彼らが去った後を凝視していた。マウダに攫われずに済んだが、後に苦いものが残る。

 叔母がシークを攫うように依頼した事実。よく考えれば、若様とかなり似た境遇だった。そして、十剣術の間で(うわさ)になった大事件。わざわざ言われれば、傷ついたことを意識させられる、私も『傷ついた。』という言葉。

「……彼は噂の人でしょうか。」

 サグがぽつりと言った。

「ヴァドサ、大丈夫か?」

 フォーリが(となり)に立って聞いてきた。

「……大丈夫と言えば大丈夫だが、大丈夫じゃないと言えば大丈夫じゃない。」

「…なぞなぞか?」

「…何とも言いがたい、(むずか)しい心境だ。複雑な気分だ。」

「最初から一番最後の部分だけでいいだろう。」

 シークは複雑な気分で泣きたくなった。叔母はそこまで、自分のことが嫌いだったのか。そこまで、息子達よりも出世したことが許せないのか。身内同士で、ただの一度もシークのことを()めてくれたことも、喜んでくれたこともなかった。何をやっても叔母には、責められた。叔母の息子達がしでかした過ちは、みんなシークのせいにされた。

 そして、妬みなんかのために、シークを攫うように依頼した。今回はフォーリとサグのおかげで助かったが、成功した事例を知っている。

 その事例が、さっきの少年だろうか。十剣術の一つ、ヨリクン流の時期総領に指名されていた少年が、マウダに攫われたのだ。年齢的にも間違いなさそうだった。

「……あの子は…どう思った?」

 フォーリが静かに聞いてきた。

「間違いないと思う。あの短刀の使い方は、ヨリクン流だと思う。」

 何とも言えなかった。マウダという伝説の人攫いの組織の一端が見えたのだ。攫われた人が、マウダの一員になっている事実が。

「……かわいそうに。」

 思わずシークは言った。若様と大して年齢が変わらないように見えた。

「お前、たった今、同じようになる所だったんだぞ。」

 フォーリが呆れたように言った。

「分かっている。だが…あの子は私を助けてくれた。わざと対戦して、勝てないから仕方ないという状況を作って。」

「あれは護衛というより、逃亡の阻止のように見えましたね。あの子が決して逃げないように。」

「私もそう思いました。」

 サグの言葉にシークは同意した。

「行こう。」

 しばらく呆然としていたシークは、二人を促した。

「大丈夫か?」

 もう何度目かになる問いをフォーリにされて、シークは苦笑した。

「気を使わせてすまない。何とか大丈夫だ。それに、陛下と約束した。身内との不和を解消すると。これ以上、ないくらいにとんでもない事実が見えた。だが、落ち込んでもいられない。気になることがある。」

 三人は走り出した。

「…ベイルか?」

 フォーリが聞いてきた。サグも(おどろ)かないので、調べて知っているのだろう、身内同士だということは。

「そうだ。きっと、わざと私に誰が攫うように言ったのだと思う。そうだとすると、向こうにいるベイルにも、同じ事を言った可能性が高い。ベイルの方がより、責任感を感じてしまうだろう。ベイルのせいじゃないのに、ベイルの伯母が私を攫うように言ったのだから。もしかしたら、私より傷ついたかもしれない。

 たぶん、私とベイルの関係をわざと言って、隊の中に不和を起こす目的があるのかと思う。妃殿下が関係なかったように思えたが、本当にそうなのかどうか。」

「確かに、そうですね。」

 サグもフォーリもシークの意見と同じだった。

「とにかく、急がないと。」

 そう言って走ったが、シークは一番最後を走っていた。サグがみんながどこにいるか、案内してくれた。しかし、息が続かず途中で走れなくなり、歩きながらぼんやり姿が見えてきたみんなに近づいた。話し声が聞こえてくる。

 すると、シークが危惧(きぐ)した通りだった。ベイルが衝撃(しょうげき)を受けて、剣に手をかけ、斬ろうとしたのを若様が止めていた。

 フォーリがびっくりして若様の成長に感動しつつ、危ないとぼやいた。そして、ギン、とシークを(にら)み、さっさとあれを何とかしろと殺気を飛ばしてくる。シークは最近、フォーリの殺気に慣れっこになった。

「…分かっている。だから、そう睨むな。な、落ち着け。」

 思わずウィットか誰かに言うように言ってしまう。フォーリはムッとした様子で、何か言い返そうとしたが、もう、若様達のすぐ側だったので、飲み込んでいた。サグが思わず吹き出しかけたのを(こら)えている。きっと、余計に腹が立っただろう。後で喧嘩(けんか)しなければ良いが。

「行くぞ。」

 シークが気を取り直して言うと、二人も一緒に走り出し、飛刀と呼ばれている小刀を投げた。

 そうして、若様達の前に出て行ったという次第だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ