マウダ事件が起きた時のこと。 2
「大丈夫か?」
どうやら、最初に助けようとしてくれていたのは、フォーリの方だったらしい。舞で敵の攻撃を避けながら聞いてきた。
「…あんまり大丈夫じゃないが、二人とも助けてくれてありがとう。」
「動けるか?」
「少し固まった体を動かせば大丈夫だ。」
すると、フォーリが舞を舞いながら鼻をフン、と鳴らして笑う。
「なんか、年寄り臭いな。とうとう体の方まで先にじいさんになったか。」
「!な、悪かったな…!仕方ないだろう、全身がんじがらめにされたんだぞ…!しかも、臭いし。」
「確かに外すのに手間取るほどでした。」
サグが横から慰めてくれた。
「さすがは、伝説のマウダです。手際も良く私も陽動作戦に騙されてしまいました。」
思わず暗がりの中、シークはサグを凝視した。
「やっぱり、マウダなんですか!?」
「はい。そうです。そうでないと、こんなに手際よく親衛隊の隊長を攫うなんて真似、できるわけありません。しかも、我々もいるというのに。」
「まったくだ。気に入らない。」
フォーリが一人を叩きのめしながら、横から口を挟む。
「大丈夫ですか?」
サグが聞いてきた。
「大丈夫です。」
シークは言いながら、立ち上がると全身をほぐした。
「のんきに準備運動していないで、髪を早く結べ。」
フォーリはシークに麻紐を投げて寄越したが、直前に生ゴミ運搬用の荷車から拾ったように見えたのは、気のせいだろうか。フォーリの虫の居所が悪い。若様を置いてシークを助けに来なければならなかったことに、腹を立てているのだろう。
仕方ないが、シークは素直に受け取って急いで髪を結んだ。とりあえず、髪がばらけなければそれでいい。
「フォーリ、結んだぞ。」
シークが声をかけると、フォーリは頷いた。
「分かった。走れ、逃げるぞ。」
逃げる?と思ったが、言われたとおり、ロバが引いている荷車の向きと反対方向に走り出す。さっきから不思議だったが、なぜかフォーリもサグも決定打を与えることをしないのだ。とにかく、守りに徹している。シークを戦闘力として考えていないような気がする。確かに風邪ひいて寝る羽目にはなっていたけれど。そんなに弱くなったと思われているのだろうか。
「…さすがに、どっちに逃げれば良いのかくらいは分かっていたな。」
馬鹿にされているような気がしなくもないが、暗闇の中、進行方向を正しく見極めるのは難しい。フォーリは親切で言ってくれたと思うことにした。
「…とりあえず、それくらいはなんとか分かった。」
とりあえず返しておいたが、話している間にサグが戦闘で立ち止まった。思わずシークは立ち止まる。
「おい、立ち止まるな、お前が狙いなんだぞ…!」
分かっているが、シークだってずっと、もやもやしている。
「分かっているが…私も戦う。二人だけに戦わせて自分一人、逃げろというのか?」
「お前…自分の価値を分かってないな…!」
フォーリは言いながら鉄扇を翻した。やっぱり、さっきから決定的にとどめを刺すことをしない。妙な戦い方だった。マウダとニピ族の間に何かあるのだろうか。
その間に、シークを捕まえようと二人が迫ってきたが、久しぶりに柔術技で二人をほとんど同時に地面に転がした。そして、剣を奪う。
「…フォーリ、私の価値がどれくらいのものか、そんなこと知らないが、弱ったとはいえ、二人の助けになることくらいはできる…!」
シークはまた一人、地面に転がした。
「だから、一人で逃げろなんて言うな…!本来、私は若様の護衛だ…!本末転倒だろう、それでは…!お前は若様の、ニピ族の大事な護衛だ…!それなのに、私一人に逃げろというのか?」
「……。」
今度はフォーリも何も言わなかった。
「それに、サグだってレルスリ殿の護衛だ。二人に何かあったら、どうする?二人の実力を疑っているわけではないが、何かあったらと思うと責任を感じてしまう。」
シークは一人を投げ飛ばした。
「私もサグもお前の部下じゃないぞ。」
フォーリは一人を鉄扇で軽く叩いた。
「分かっているが、無関係ではない。」
ようやく三人は追っ手を躱して走り始めた。だが、しばらくしてシークは息が上がり始めた。前はこの程度で息切れなんて、全くあり得なかったのに。だから、言ったのに、という視線をフォーリから感じる。しかし、一人で逃げるのも後味が悪い。口に出して言った以上、意地で必死に走る。




