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マウダ事件が起きた時のこと。 1

 シークはあの晩、医務室で寝ていた所、何か物音がしているような気がして、目を覚ました。何があったのか、どうしたのか、聞こうと口を開けた途端、口の中に布を突っ込まれ、同時に両手両足、体の胴と押さえ込まれ、暴れる間もなく実に手際よく、数人に革紐や鎖でがんじがらめに縛り上げられた。

「布は窒息しないように、気をつけて調整しておけ。」

 という言葉が聞こえ、周りを確認する前に目隠しもされた。押し込まれた布が少し手前に出されて、少し息が楽になったが体中を縛られて痛かった。その後、荷物のように運んで床に下ろされ、何かにくるまれ、さらにその上から縛られた。

 さっきまで続いていた(はげ)しい物音は、静まっている。誰かが(うめ)いている声が聞こえた。

「……く、くそ、隊長!」

 声からしてウィットだ。返事を返したかったが、声を出せない。精一杯出しても「ふぐぐ。」にしかならなかった。そうこうしている間に、シークは荷物のように運び出された。数人に担がれている感覚がある。

 どこをどう行ったのか、さっぱり分からないが、臭い匂いがしてきたな、と思ったらその臭い匂いがする中に、何かに乗せられて動き出した。

 それで、シークは自分がどこにいるか把握した。これは生ゴミを堆肥に作りかえるための、堆肥場に運ぶための荷車だ。おそらく、その荷車を使って、堆肥場まで行くのだ。そこら辺は人目につきにくいし、敷地(しきち)の外に出やすい。ちょっとした森があって、村に続く道と(つな)がっている。

 これは実に手際よく、自分は拉致(らち)されようとしているとシークは考えたが、逃げ出すにも指一本動かすのも苦痛なほど、きっちり縛り上げられている。かなりきつい。

 しばらく行って、森に入ったと思われた。道の感じが変わったのだ。落ち葉を多く踏む音がするし、荷車の車輪が多少、滑り始めた。森の中も小道は続いているから、荷車で進める。ロバが確実に歩を進めて、荷車は確実にシークを乗せたまま、敷地(しきち)の外に出て行こうとしている。

 しかし、一体、何者だろう。こんなに手際よく人を(さら)えるとは。考えたら、マウダを一番最初に思い浮かべたが、なんで自分がマウダに攫われようとしているのか、明確な理由を思い付かなかった。考えられるのは、王妃とそっちの方しかない。王妃は方針を転換して、攫うように頼んだのか?それくらいしか、思い付かない。

 しかし、本当にマウダなのか、実感が沸かなかった。沸かなかったが、マウダかもしれない、という妙な確信もあった。

 シークは拉致されている間、そんなことも考えていたが、実際にどうやって逃げるのか、必死に頭を巡らせた。(ゆる)められた際に、逃亡をはかるしかないが、上手くいくのか不明だった。なんせ、相手はマウダかもしれないのだ。伝説的な人攫いの集団である。しかも、縛っている鎖などが緩む瞬間(しゅんかん)があるのか(なぞ)である。

 拉致される時の手際のよさを考えると、逃亡は不可能かもしれない。彼らが手間取る瞬間を決して見逃してはならない。シークはそんなことを肝に銘じた。こんなことで、攫われるなんて考えもしなかったし、そんな場合でもないのだ。

 それにしても、体が痛かった。だんだん指先や足が(しび)れるような感じがしてきた。おそらく、ヴァドサ家の柔術技を怖れて、徹底的に手足を封じるための対策を取ったのだろう。かなり回復したとはいえ、四ヶ月ほど前に毒を盛られたり、(むち)打たれたりした体には、きつかった。

 必死になって、痛みに耐えていたが、荷車がゴトゴトするたびに、体の下から振動が突き上げてきて、痛みが走る。

 突然、馬の駆ける音がしてきたと思ったら、戦闘が始まった。誰かが助けに来てくれたらしい。バスッという鉄扇で(かわ)した時の音がしたので、フォーリかサグのどちらかだろう。

 しばらく戦闘が続いて、荷車がとうとう止まった。だが、自力で脱出することはできない。誰かに助けて貰わないと、()巻き状態からどうにもならなかった。

 シークは痛みに耐えながら、転がっていた。だんだん耐えがたいほどになってきて、(うめ)きそうになってきたが、痛みをこらえるために深く呼吸をしようとすると、今度は生ゴミの強烈な悪臭に吐き気がこみ上げてきそうになる。

 フォーリかサグは頑張って、簀巻き状態のシークに何度か手をかけて助け出そうとしてくれていたが、そのたびに阻まれ、上手くいかない。ニピ族とここまで渡り合える武術を身につけた人攫いの集団は、やはり伝説のマウダなのだろうか。

 その時、また誰かが馬で走ってきた音がしたと思ったら、数度打ち合った後、乱暴につかみ出されて、地面に転がされた。痛かったし苦しかったが、助けようとしてくれているので文句は言うまい。

 とにかく、もう一人の助け手が現れたことにより、シークはようやくまず、外側の巻物が取られ、目隠しと猿ぐつわも外された。

「…大丈夫ですか?」

 サグが鼻を手の甲で多いながら尋ねた。シークは答えようがなく、スーハー息をしようとしたが、そこもまだ臭かった。それに、猿ぐつわをされていたせいで、口の中がカラカラに乾いていた。思わず(はげ)しく(せき)込んだ。

 シークがぐったりしている間に、サグはシークをしっかり縛っている鎖の(かぎ)を外そうと試みていた。暗い中、手探りで何か鍵をガチャガチャしていたが、やがてガチャッと音がして、鍵が外れた。

「先に足をお願いします。」

 シークがようやく声を出すと、サグは黙ってすぐに足の方から鎖を外し始めた。しっかり縛られていたせいで、痺れ始めていた足に血が流れ始めた。

 全身の鎖が外され、手足の革紐を外して貰い、ようやくシークは解放された。

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