教訓、三十一。以前と違う自分を把握すべし。 9
「ふーん。なるほど。それで、俺の手下達はどうした?」
シークはマウダの男が手下の様子を確認することに、謎の組織とは違うことを確信した。謎の組織は、やられてもいいという、手下は捨て駒扱いのようだからだ。
「…残念だが、一人は死んだだろう。フォーリとサグが助けてくれた後、私もお前の手下達から剣を奪い、斬った。今なら助けに行けば、助かるかもしれない。」
シークが説明すると、男が手で手下に指示して、すぐに数人が走って行った。
「それで、オスターは返してくれないのか?」
「オスターって、担いでるヤツか?あの中で一番、若そうだから連れて行くことにした。こうして、陽動にも使えるし。」
男はのんきに聞き返す。シークは珍しく苛立って男を睨みつけた。若そうだから、とかいう理由で連れ去られたらたまらない。
「とにかく、返せ…!それに…オスターは一番、若くない。私の隊で一番、若いのはウィットだ…!オスターは童顔なせいで若そうに見えるだけだ…!」
「隊長、そこ、強調して言うところじゃないです。」
ベイルがそっと指摘する。誰もが年齢について強調して言うところではないと思ったが、マウダの面々はなぜか衝撃を受けた様子だった。
「!何、あいつ、一番、若くなかったのか!?ウィットって、リタ族だろ?まさかのリタ族より童顔だったのか…!お前、気づいたか?」
「いいえ。」
初めてよく喋る男以外の、マウダの一員が声を発した。
「なんてこった…!」
「そんなに嘆くことなのか?」
思わずシークが尋ねると、男はがばっとシークを振り返った。
「あったり前だ!俺達は人攫いの玄人…!一目見ただけで、どんな人間か、見抜けるように日々の鍛錬をかかさない…!それが見間違えるなんて、今までにない失態だ…!」
あぁ、そりゃ大変なことで…などと思っている場合ではなかった。ロルを返して貰わないと困る。
「とにく、返して貰う。」
重ねたシークの言葉を聞いた男は、はっきり断言した。
「嫌なこった。お前を攫えなかった分、これで少しでも損失の穴埋めをさせて貰う。」
まるで、何か…馬や豚の売買でもしているかのような言葉に、マウダとベリー医師、ニピ族達以外の一同はびっくりした。
「お前を攫うのに失敗したから、預かった金は返さないといけない。前払いされた金は、成功するまでの預かり金の扱いだ。お前を攫うために下調べから、出張する費用まで、さまざまな経費を加えると、ざっと十スクル近くかかってる。
こいつも返したら、今回の仕事では、実入りが何もないことになる。せめて、こいつを売っぱらって金にしねぇとな。」
完全に商売人が損失について話しているようにしか見えない。ただし、扱っている商品は人だが。
シークは目が点になったが、他のみんなも同じだった。そこに、復活したモナが合流した。近くの隊員にどういうことになっているか、状況を聞き、シークが無事だと聞いて、ほっと胸をなで下ろす。今はロルのことで揉めていると聞いて、頭に包帯をしたモナは頷いた。
ウィットの方が重傷だったので、彼はシェリアに直接呼ばれているローダによって治療され、今は動くのを禁じられていた。
「隊長、無事で何よりです。良かったです、私達はやられてしまい、情けない話で。助かって本当に良かったです。役に立たなくて、申し訳ありませんでした。」
モナはシークに声をかけて、謝罪した。
「いや、仕方ない。相手は悪名高いマウダだ。お前達の不手際だと思わない。仕方ないだろう。誰もマウダが私を攫いに来るとは、思わないだろうから。」
シークは振り返ってモナに答えた。
「ところで、これはどういう状況なんですか?オスターが攫われかけているって、本当なんですか?」
「そうだ。布団で簀巻きにされている。早く助け出してやらないと。」
深刻な表情のシークを見て、モナは頷いた。
「それで、交渉して取り返そうと。」
「そうだ。相手はマウダだし、どう出るか分からないからな。」
一理あると思ったが、サリカタ王国一悪いと言われている地域で育ったモナには、蛇の道は蛇、どうすればいいか分かっていた。
「無駄っすよ、隊長。ざっと十スクル?まあ、人件費もあるから、それくらいかかるかもしれねぇけど、もうちっと安く、五から六くらいだろ。最初に高額を言っておいて、後で値下げしてふんだくろうって算段だろ?」
モナは相手の男を見据えて言った。故郷の街にいたら、こいつと会ったらすぐに逃げるなと内心では思ったが、はったりをかまして恐くないふりをする。それに、計算からしても、こっちの方が分がいい。なんせ、シークも以前ほどではないとはいえ復活しているし、ニピ族が二人もいるのだ。
そして、目の前の男、おちゃらけた様子で喋っているが、実際はそんな性格のヤツではない。一芝居打っているのだろう。
すると、マウダを指揮している男は、ふっと笑い態度を変えた。
「あぁ、やめだ、やめだ。馬鹿っぽい感じで通そうと思ったが、性に合わない。お前。悪い地域で育ってるな。そこの坊ちゃん方と違う。」
「隊長も副隊長も育ちがいいから。」
モナは言って、こっそり震える手を握って隠しながら、笑って見せた。
「なあ、あんた。聞いたことがある。今のマウダの頭領って、シャンリユタ家って本当か?」
モナの言葉に、ベリー医師でさえも驚いて彼を見つめた。
「…お前。相当の悪の地域出身だろう。」
男の目が鋭くなる。鷹か何かのような印象だ。
「当ててみろよ。」
モナは声が震えないように気をつけた。モナが育った地域は悪い。だから、悪名高いマウダの噂も多く知っている。裏社会で、マウダに楯突くことはほとんどない。大抵の者は尻尾巻いて逃げ出すのがオチだ。対等に渡り合えるのはイナーン家くらいだろう。
「なるほど。頭領の名前を知っているとなると、お前…サプリュの旧石材通りの出身か?」
淡々と男は答えを導き出した。聞いている話の内容に、みんなびっくりしていた。シャンリユタ家は、建国の時代からの名家として知られる古い貴族だ。あのマウダの頭領が、シャンリユタ家という古い貴族の出、ということ事態が驚きである。
「正解。そして、あんた、はぐらかすなよ。わざと悪そうに話しているが、あんたも隊長と同類の匂いがする。あんたが、マウダの頭領、シャンリユタ・イトレイ・ジールだろ?大体、言葉も綺麗で訛りないし。」
男の目が鋭くなった。
「ほう…。なぜ、そう思う?」
「へぇ。本名、全部言ったことには触れないんだな?」
「シャンリユタ家、ということを知っている時点で、全部知っている可能性がある。驚く必要はない。」
モナは笑った。
「…まあ、だよな。で、あんたの質問に答えるよ。理由は簡単だ。マウダであっても、ヴァドサ家出身の親衛隊の隊長を攫うなんて、大仕事のはずだ。失敗しないよう、きっちり計画を立てて事に臨み、しっかり指揮できる人間がいる。裏社会ほど上下関係の厳しいところはねぇ。
きっちり仕事をするため、頭領自ら出張ってもおかしくない事案だろ?だからだよ。」
くくく、と男は笑った。
「なあ、お前。ヴァドサ・シーク。こいつ、かなりできる。うちに引き抜きたいな。」
シークはびっくりして、マウダの頭領らしき男を見つめた。
「確かに、こいつが言うとおり、私は昔、跡目争いがごたついている間に、攫われたくちだ。さあ、考えろ。ヴァドサ・シーク。」
「…スーガを渡せと?困る。私にも必要な人材だ。」
「あれもだめ、これもだめ、子供か?必ずどっちかを選ぶもんだ、世の中ってのは。もし、そいつをマウダに引き入れるのを許すなら、こいつを返そう。」
さすがにシークも頭にきた。
「言ってくれるが、勝手に攫いに来たのはそっちだ。私達には全く関係ない話だ。本当にお前がシャンリユタ家の出身で、跡目争いに巻き込まれて攫われたのなら、全くの不意打ちだった現状が分かるはずだ。
勝手にそっちが条件を作っておいて、どっちかを必ず選べとは、言いがかりも甚だしい。伝説的な人攫いの組織だから、ある程度の話し合いが通じるかと思ったが、結局、その辺のチンピラと何ら変わらないんだな。話し合いが出来るかと、少し期待した私が馬鹿だった。」
シークはマウダを見据えた。
「スーガは渡さないし、オスターも返して貰う。少なくとも、私の隊の者、また私に関わる人達に手出しはさせない。」
マウダの頭領らしき男は鼻で笑った。
「フン、少なくとも…ね。謙虚じゃねえか。大抵のヤツは全員助けると、息巻くもんだ。」
「私一人の力は小さい。残念ながら、全ての人を助けられると思うほど、正義感は強くないし、力もない。それに、ある程度、自分の限界も知っている。」
「つまり、実力行使か?」
「そういうことになる。」




