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教訓、三十一。以前と違う自分を把握すべし。 6

 その頃、サグはシークを(さら)ったマウダの一行に追いついていた。

「おっかしいな。こいつには、ニピ族の護衛なんぞついてないはずだがなぁ。」

 サグと対峙している男が、緊張感の欠片(かけら)もない声で言った。

「…確かにそうですが、(あるじ)の命令でこの人を守っています。」

「じゃあ、こうしよう。一応、守ろうとしたけれど、間に合わなかったとお前の主人には言え。それで、いいだろ?」

「よくありません。私もその人は尊敬しています。ですから、攫って欲しくない。それに、旦那様もそんな言い訳で、納得されるようなお方ではありません。」

 男はポリポリと頭を()いた。

「困ったなぁ。お前の主人、一体誰だ?」

「聞かれても答えません。」

 男は(うなず)いた。

「だよなぁ。ニピ族がその程度で主人のことを話せないよな。その程度で話してたんじゃ、ニピ族の名折れだし。レルスリ家で雇っても貰えねぇか。」

「!」

 さすがのサグも少し(おどろ)いた。その様子を見て、男がニヤリと笑う。

「マウダの情報網を舐めて貰っちゃ困るねぇ。きっちり調べてるぜ。分かるか?人攫いってのは、頭脳戦なんだよ。でないと、百何年もっていうか、何百年も正体掴ませずに、跡形もなく人を攫えるかっての。」

「…(うわさ)には聞いています。確かにそうです。とにかく、二人を返して貰います。」

「困ったな。依頼受けて、一度も仕事し損ねたことないんだよなぁ。マウダの名折れじゃねぇか。」

「ニピ族の邪魔が入ったと言えばいいではないですか。」

「単純にはいかねぇよ。ニピ族が護衛している者は攫わないというのが、マウダの(おきて)の一つだ。下調べが悪いってなるじゃねぇか。ニピ族が護衛についているのも、下調べの段階で分からなかったとなっちゃあ、かっこつかねぇだろうが。」

 この男、頭も口も回るようだ。そんな話をしているうちに、布団にくるんで()巻きにしている二つのうちの物体の一つが、もぞもぞと動き出した。目覚めたらしい。だが、手足を縛られているせいか、動きが鈍かった。

「おい、ようやく…追いついた。」

 ベリー医師と親衛隊の数人が追いついてきた。ベリー医師は肩で息をしていたが、息を整えると目の前の怪しげな男とその集団を(にら)みつけた。

「私の患者を攫うな…!私はカートン家の医者だ。言っている意味は分かるだろう?お前達が本物なら。」

 ベリー医師の言葉に、さっきからサグと話している男が笑った。

「カートン家の先生なら、本物だって見抜けないとおかしいぜ?」

 ベリー医師はため息をつくと、いらだちを(かく)しもせずに言い返した。

「ああ、分かってる。本物だって。だから、返せって言ってるんだ。本物でなかったら、こんなに気を遣わなくていい。偽物だったら、こっちも簡単に実力行使ができるし…そもそもウィット君があんな簡単にやられたりしない。」

「そうか。でも、困ったな。カートン家の先生には、世話になってるし…でも、仕事をし損ねたことはないし。これじゃあ、し損じることになるだろ?」

「ニピ族とカートン家がダメだって言ったと言えばいいはずだ。」

 だが、男はしばらく(だま)って考え込んだ。もしかしたら、時間稼ぎに黙っているかもしれない。

「……なあ、こいつにはニピ族もカートン家も関係ないはずだ。それでもいいのか?」

 男の言っている意味が分からず、ベリー医師もサグも顔を見合わせた。

 ちょうどそこに、ベイル達と若様が走ってきた。ランプの明かりだけの光だが、それでも闇夜に慣れた目には明るく見える。それだけで、若様の美貌(びぼう)もマウダの一行には見えたようだ。人攫い家業の彼らが、一瞬、息を呑んだ。

「…へーえ。噂通り、美しくて可愛らしい王子様だ。王族でなきゃ、攫って売っぱらうんだけどなあ。」

 男から不謹慎な言葉が出て、その場にいた親衛隊達が一気に不穏な殺気を漂わせた。

「あれ、なんでフォーリはいない?」

 ベリー医師はフォーリの姿がないことに気づいた。さすがにマウダの登場に動揺していて、すぐに気がつかなかったのだ。

「フォーリはベリー先生が行った後、すぐに若様を私達に任せて、走って行きました。間に合わないかもしれない、と去り際に窓から降りる寸前に言って行きました。」

 ベイルの説明に、サグもベリー医師も自分達の過ちに気がついて、ベイルを振り返り、それから二人で顔を見合わせた。

「ベリー先生。私がいた方がいいですか?」

 ニピ族は動揺しないように訓練を受けるが、今、サグは久しぶりに動揺していた。マウダに一杯食わされたのだ。さすがは伝説の人攫い集団だ。

「……それは、いてくれた方が心強いけど、今はそうも言ってられない。行ってくれ。フォーリとヴァドサ隊長を助けに。」

「分かりました。お気をつけて。」

 サグは急いで走った。サグは追いかけるべき物がもう一つ、あることに気がつきはしたものの、目に見えた物に気を取られてしまったのだ。自分の過失にほぞをかみながら、走って行った。


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