教訓、三十一。以前と違う自分を把握すべし。 5
後で大笑いされていたとは知らないシークは、結局、その添削された恋文をそのまま出されていた。
実は、手紙が届いた婚約者のアミラは(シークが任務の前に勝手に婚約を破棄していったが、一族郎党を上げて親族会議も開かれて大騒ぎになった後、破棄されていなかったので、シークの家に出入りしていた。)シークからの変な手紙に困惑し、シークの母のケイレに相談した。
母のケイレも困惑。そして、シークと年の近い息子達を呼んで相談した。弟達も考え込み、熱心にその恋文について考えるところとなったのだった。
実家でいろいろと自分のことで、様々な騒動が巻き起こっているとは知らず、シークは熱心に体力を戻すことに専念した。
少し、風邪を引いてしまったが、治れば出発の許可が出るだろう。薬の作用もあって、じきに眠ってしまった。
その晩。シークが深く眠っている頃、久しぶりに屋敷で騒動が起こっていた。
まず、若様の部屋に何者かが侵入し、夕食を摂っている間に、部屋を荒らされていた。
それが収まった後、入浴中に異臭が漂う騒動が起きた。護衛していたシークの部下達も、具合が悪くなった。気分が悪くなり吐き気をもよおした。頭痛を促す香が風呂焚きの釜に投げ込まれてそうなったらしい。というか、そんな香が混じっていると知らずに焚いたと言う方が正しい。
ご丁寧に、薪の一本一本の木の隙間に差し込まれていたのだ。わざわざ薪を割って隙間を作り、その間に差し込むしか方法がない。割れてしまい、縄でぐるぐる縛ってある物もあった。使用人達は、何だこれはと思いつつも、そのまま燃やしてしまったのだ。
若様がびっくりしてみんなを心配し、ベリー医師は呼び出されてその場で処置して回った。サグも異変に若様につきっきりになった。もちろん、フォーリもその場にいる。ベイル達もみんなつきっきりで、若様の護衛に当たった。「一体、何だったんだ、これは?何が目的だったのか?」
フォーリが呟いた。
「何だか、陽動作戦のような…。」
ベイルも言い、ほぼ同時にそこにいた面々は気がついた。一斉に青ざめる。
「まずい…!ヴァドサ隊長が一人だ!今、風邪引いたから薬の作用で眠っている…!」
「一応、ウィットとスーガとオスターはいますが…!」
ベイルはベリー医師に続いて言いながら、駆け出そうとして留まった。何人かにすぐに医務室に行くように指示する。すでにサグが一番に走って行った。続いてベリー医師、親衛隊の面々も続く。
医務室に行くと、モナとウィットが戦った末に、やられて両手両足を縛られ、猿ぐつわを噛まされて倒れていた。モナの意識はないが、ウィットの意識はあった。額から血を流している。医務室には戦った後が残っていて、めちゃくちゃになっていた。窓や扉は開け放たれていて、寝台にシークの姿はなかった。
サグはシークの姿がないことを確認した途端、急いで窓から出て行った。
ベリー医師の手伝いに来ていた医師達も、シークが落ち着いたので、三日ほど前に帰っていたのである。
ウィットの猿ぐつわをほどいた途端、リタ語で何か罵った。
「馬鹿、サリカタ語で言え!時間がないんだぞ!隊長はどこだ?」
先輩のロモルに叱られ、ウィットは慌ててサリカタ語で言い直した。慌ててサリカタ語で言ったつもりだったらしい。
「…えっと、そこに紙が落ちてるはずだ…!攫えって、マウダが来て、隊長を攫っていった!ついでに若そうだからって、オスターも連れて行った!」
みんな一瞬、何を言われたのか、理解できなかった。
「…マウダだって?」
マウダは伝説的な人攫い集団だ。お金を払いさえすれば、大人子供に関わらず、どんな人でも攫うという。一度、マウダに攫われたら二度と戻ってこないのだ。足取りも途絶え、見つけることができないと言われている。一瞬、思考が停止したものの、ロモルはすぐに床を灯りで照らし、その紙を見つけた。マウダが人攫いする時に必ず残していく紙だ。
「…本当にマウダだ。」
「見せて!」
ベリー医師はロモルから、紙を奪い取って観察すると、急いで命じた。
「早くフォーリと若様を連れてきて。本物なら取り返せる…!」
全く意味が分からなかったが、ベリー医師の指令なので、急いでロモルは足の速い隊員に指示する。




