教訓、三十一。以前と違う自分を把握すべし。 4
「そういえば、思い出しました。」
問題の話が終わったので、シークは少し眠そうだった。
「陛下に、ヴァドサ殿の恋文を添削するように言われたのでした。」
「……え!?」
シークがぎょっとして勢いよく振り返りそうになったので、控えていたサグが素早く首根っこを押さえ、振り返って傷が痛まないようにした。きっと、眠気は一気に吹き飛んだだろう。内心、かなり面白い。
「……すみません。思わず振り返りそうになりました。」
「いいえ。何でもないことです。振り返ってばかりでは傷が開いてしまいますから。そうなったら、旦那様がベリー先生からきつくお叱りを受けます。」
ああ、そういうことか、とシークは納得した。しかし…何だって王はそんなことをきっちり、バムスに託していくのだろう。忘れて帰ってくれれば良かったのに。シークは心の中で、かなり恨めしく思った。
「それで、婚約者殿に宛てた手紙を書きましたか?」
「……いいえ。ほとんど毎日眠っているので、書いていません。」
「そうですか。では書いて下さい。」
シークは焦った。なぜ、バムスはそんなことまで、しっかり仕事をこなしていこうとするのだろう。もう、忘れていいと思います。どうにかして、やり過ごせないだろうか。
「………今から…ですか?」
妙に情けない声で聞き返してしまった。ここに部下達がいなくて良かった。聞かれていたら、大笑いされただろう。シークがそんなことを思っているのをよそに、バムスは軽やかに答えた。
「はい、そうです。」
バムスが笑っている顔を、シークは振り返れないので見ることはできない。
「……その、手紙を書くだけでも…というか、腕を動かすだけでも、背中の傷が痛むのですが…。」
シークはバムスが諦めてくれることを祈って、打診してみた。
「そういうことでしたら、口頭でお願いします。私が書きますから。まあ、他にサミアスかサグかヌイでもいいですし。」
口で言えと!?そんな恥ずかしいこと、死んでもしたくない。鞭打ちの刑より恥ずかしい。それより嫌だ。
「…あのう、やっぱり書きます。」
前言を撤回するのも何だが、口で恋文の内容を言えと言われるよりましだ。
「そうですか。では、紙と筆を。」
バムスの声がどこか笑っている。それは…あなたには何でもないことかもしれませんが、私にとってはサリカタ山脈を登山するような難関です、と言いたくなった。
シークは書くと言ったものの、どう書けばいいのか分からず、しばらく筆を持ったままだった。しかも、それだけで苦行だった。背中も腕も痛い。その上、体はまだ毒の後遺症でだるさが残っている。筆を持ったまま腕が震え始め、バムスが今度は明らかに笑った。
「いいですよ、無理しないで、いつものように手紙を書いて下さい。」
口よりましとは言っても、見られているので恥ずかしかったが、仕方なく書いて見せた。バムスはそれに朱で訂正を入れる。なんか、本当に仕事の一環のような感じだ。そんなに真面目な表情で、恋文の添削をしなくてもいいのではないだろうか。
「これは普通の音信を尋ねる手紙なので、恋文とは言いません。あなたが相手をどう思っているのか書かなくては。愛しているとか、どう大切に思っているかなどを書きます。私が適当に訂正したので、その通りに書いて下さい。」
シークは訂正された手紙を読んで、耳まで真っ赤になった。顔から湯気が出ていそうな感じがする。裏返りそうな声で、思わず聞き返した。
「…こ…これを…書くんですか?」
「はい。陛下にも言われているので。」
王のことを引き合いに出され、シークは震えながら朱で訂正された通りに手紙を書いた。こんなに甘ったるい言葉を、今までに言ったり書いたりしたことがない。バムスは書かれた手紙をもう一度確認し、頷いた。
「これくらいのことを書いて、恋文と言えるでしょう。そんなに恥ずかしがることではありません。婚約者殿のことを大切に思っているのでしょう?」
「……ですが、婚約を破棄してきたのです。これでは、婚約の破棄の破棄を催促しているような感じに……。」
「だって、陛下に結婚するように命じられたのですから、その辺は書いているので、向こうも分かるでしょう。それで、婚約者殿のことを大切に思っていないのですか?」
なぜ、こんなにしつこく聞くんだろう。
「……いいえ、そんなことはありません。」
「ならば、いいではないですか。私が出しておきましょう。」
バムスはニヤリと笑って言った。振り返れないシークは一人、焦っている。
「…そ…そんな、レルスリ殿にそんなことで、手を患わせてしまうわけにはいきません。」
「どうせ、その状態なのですから、出せないでしょう。これくらい、何でもありません。サグが出してくれます。」
はあ、そうですか…。というわけにはいかない。シークはどうにかして取り返して、書き直したい衝動に駆られた。
「では、長い時間、大変だったでしょう。ごゆっくりお休み下さい。」
「…あ、あの…!」
シークは呼び止めようとしたが、バムスもサグもさっさと退室した。隣室で話を聞いていたベリー医師と、手伝いの医師達も笑いを噛み堪えている。バムスとサグは、医務室を出てしばらくしてから、吹き出して大声で笑った。




