教訓、三十一。以前と違う自分を把握すべし。 3
そんなシークの表情を見て、バムスは苦笑した。きっとシークのことだから、若様をいかに守るべきか考えを巡らせているだろう。
だが、危ないのは親衛隊も同じなのだ。特にシーク自身が一番危ないかもしれないと分かっていない。体が弱っていて万全の状態ではない。
また、若様の美貌やフォーリの華やかな顔立ちに目が行きがちになるが、シーク自身、一見地味だが端正な顔立ちである。それに、名前からして玉の輿を村人が狙う可能性も十分にある。
「ヴァドサ殿。おそらく、あなたのことですから殿下のことが心配なのでしょう。そんな地域の村で大丈夫なのかと。」
「はい、心配です。」
「確かにそうですが、親衛隊も十分に気をつけて下さい。若い青年達が行くのです。村人に手を出せないだろうと考え、狙われる可能性は十分にあります。少しサミアス達に調べさせましたが、美人局のようなことをされた事例もあるようです。若い領主兵の場合だったようですが、それでも軍人相手にです。
それに、ヴァドサ殿の場合、あなたの隊には他に二名いますが、十剣術です。玉の輿を狙う村娘も現れる可能性は十分にあるかと思います。今のあなたは体が弱っている。決して弱っている様子を見せてはいけません。十分に気をつけて下さい。」
シークはバムスの注意を聞いて、よほど治安の悪い地域なのだと気を引き締めた。いや、治安が悪いというか、男女に手が早いだけかもしれないが…それでも、危ない。部下達にも十分気をつけさせなければ。
「それで、そんな地域に若様を送る理由は、一体何でしょうか?」
シークの質問にバムスは頷いた。
「それは、閉鎖的な地域だからこそ、よそ者が入りにくいので、謎の組織の足取りを掴みやすいはずだということです。小さな村に送るので、村人達もよそ者に警戒します。変な者を村に入れにくいという利点があります。」
「確かにそれは一理あります。」
シークは考えながら口にした。
「…もし、それでも謎の組織が襲撃してきたら…そんな田舎の地域にも構成員がいるということか…送れるということになります。田舎の閉鎖的な地域ということを考えると、田舎に定着していることを考えなくてはなりません。つまり…そうなると、実はその謎の組織がとんでもなく古い時代から、存在している可能性が出てきます。」
バムスはシークの考えに同意した。彼の寝間着の下はまだ包帯で覆われている。ベリー医師の処方した薬が効いているようだが、それに加えていつもなら、眠り薬も処方されて眠っているはずだ。バムスから話があるので、仕方なく眠り薬が処方されないでいる。
だから、シークは今、冷静にこんな話をしているが、本当は耐えがたい痛みが走っているはずだ。
「そういうことになります。私もその可能性について、考えました。もし、そんなに古い時代から存在しているなら、実は私達が知っている可能性もあると思いました。」
シークは思わずバムスを振り返ろうとしてしまい、激痛にしばらく息を殺した。
「大丈夫ですか?痛いでしょう。本当にあの時は、はらはらしましたよ。」
シークが謝罪しようと口を開きかけると、バムスは苦笑した。
「いやいや、無理して何か話そうとしないで下さい。あの時、陛下は本気で怒っておられましたから。」
「……申し訳ありません。ご心配をおかけしました。」
涙声でシークが謝罪すると、バムスは苦笑した。
「大丈夫ですか?」
シークは頷いて深呼吸して、なんとか話せるくらいに落ち着いた。
「さっきの話ですが…。」
「ええ。」
「たとえば、私達が知っている裏の組織だといえば、有名なのはマウダです。しかし、以前にレルスリ殿はマウダとは違うと言われていました。」
「はい。私もそう思います。マウダの掟は厳しいようです。サミアス達の調べによると、マウダとは対立しているようです。ただ、引っかかるのは、ニピ族達が存在を知らないという点です。」
その指摘どおりである。ニピ族達はありとあらゆる情報に通じている。その彼らが存在を知らないとはどういうことなのか。だから、余計にバムスは自分達が、実は知っている組織ではないのかと疑っているわけだ。
「…そこが恐ろしいところだと思います。フォーリに直接聞いたわけではないので、明確には分かりませんが、フォーリも知らない様子です。」
バムスも頷いた。
「とりあえず、私は謎の組織を調べるように陛下から命令を承りました。私も必要な情報はお伝えします。ですから、ヴァドサ殿も何か気がつくなり、有用な情報があったら教えて頂けるとありがたいのですが。」
ありがたいのですが、も何もない。最初に王からの命令だと言っている以上、教えろと言っているも同然である。
「分かりました。何かありましたらお伝え致します。しかし、どうやってお伝えしたらいいのでしょうか。レルスリ殿のサプリュのお屋敷に連絡すればいいのですか?それとも、ティールでしょうか?」
最初にサプリュと言ったものの、かつてフォーリがレルスリ家が首府議会の前に使っている屋敷は、主にティールであると言っていたのを思い出した。
「どちらでもいいですよ。近い方で。」
「分かりました。」
頷くシークをバムスは眺めた。面白い人である。王も彼には心を許し、信用した。王の表情を見てすぐにバムスは理解した。裏で何か話をし、表向き厳しく罰していると。そうでなければ、王があんなに笑うのはおかしい。笑って結局、刑を軽くした。
それに、王の試験は厳しかった。もし、シークでなかったら、王の試験に合格しなかったかもしれない。あの鞭打ちの刑も王からの試験である。親衛隊の隊長でありながら、鞭打ちの刑という屈辱的な刑罰を甘んじて受けられるかどうか、見極めるための。
もし、嫌だと言ったら、どうなっただろうか。一度目の死という試験には、合格した。だが、二度目は王はわざと死ではなく、名誉を傷つけるような刑罰を命じた。名誉を傷つけられて、どう反応するかを見たのだ。嫌だと言えば、王は死を与えたかもしれない。潔く死を与えただろうとバムスは思う。王が命じた任務に堪えうる器でなかったと判断して。




