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教訓、三十。目は心の窓。 6

「……く、くくく。何を言ってるんだ、フォーリ。」

 食事を運んできたベリー医師が笑いを()(こら)えていた。シークはほっとした。寝台に座ったまま急いで訴えた。

「先生、フォーリがおかしいです。ニピ族が焼き餅焼きだとは知っていましたが、なんか急に変です。」

 ベリー医師は盆を台に乗せると、腹を抱えて笑い出した。

「さっきから、黙って見ていたけど………おかしい。あなたのびっくりした顔を見てると…笑いが止まらない。」

 ベリー医師はシークを指さして笑う。

「私がおかしいんですか…!?」

 てっきりおかしいのは、フォーリだと思ったんだが。違うのか?

「フォーリはニピ族の本性を現しただけですよ。」

 しばらくして、笑いが治まってからベリー医師は言った。

「本性って何ですか、先生。」

 フォーリが噛みついている。とにかくフォーリの機嫌が悪い。

「そうだろう、何も違わないよ、フォーリ君。君はヴァドサ隊長が若様にご飯を食べさせた上に、寝かしつけたのが気に入らないんだろう?

 今までは君しかできなかったことなのに、君以外で若様が心を許す人が現れた。大事な大事な(あるじ)を取られると危機感を抱いているわけだ。しかも、若様は君ではなく彼を選んだ。それが気に入らないんだな。若様には当たれないから、ヴァドサ隊長に当たってるんだろう?」

 からかい混じりにベリー医師が、フォーリの言動を解説した。すると、フォーリは目を見開き…否定しなかった。

「それが、どうかしたんですか?」

 完全に開き直った。開き直り方が堂に入っている。

「ヴァドサは私の若様を盗ろうとしている…!」

「それは違う。別に盗ろうとなんてしていない。」

 大いなる誤解だ。ニピ族にそんな誤解されたくない。とりあえず、シークは急いで否定した。さっきから、本当は死んで欲しいと繰り返している。せっかく生き延びたのに迷惑だ。

「何が違うんだ…!」

 フォーリは言って、ますます若様を大事そうに抱えた。

「お前が若様を慈しんだり、可愛がることは私から若様を盗るのと同じだ…!お前が若様を侮辱(ぶじょく)したり馬鹿にすれば、さっさと殺せるのに…!」

 やっぱりフォーリ、おかしくないですか?

「若様に優しくしたりしないで、ただ、人形みたいに突っ立っていればいい…!何も若様に返事を返すな…!」

「先生、やっぱり、変じゃないですか?」

 ベリー医師にシークが尋ねると、ベリー医師はもう一度吹き出して笑った。こっちは笑い事ではないんですが。だって、フォーリが鉄扇を抜いています。さっきから、握ったり帯に戻したり、繰り返している…!ベリー医師がいなかったら、隙をついて殺されるかもしれない。

「ニピ族は嫉妬(しっと)深い。完全にヴァドサ隊長は、若様を盗られるかもしれない危険人物扱いだ。ニピ族は自分の主が他の人に心を向けるのを、極端に嫌がる。自分だけに心を向けていて欲しい。主の()め言葉だけで、どんな危険なことであっても、いくらでもできるのがニピ族だ。

 そして、主のためなら、どんなことでも忍耐できるのもニピ族。」

「…先生、ニピ族って面倒くさいんですね。」

 思わず本音が出てしまう。

「そうだよ、面倒な生き物だよ。飼い主がいないと何もできないからー。」

 ははは、と怒っているフォーリを目の前にしてベリー医師は笑い飛ばした。

「ま、とにかく食事をして。私は向こうにいるから。」

 シークは慌てた。ベリー医師はスタスタと向こうに歩いて行く。フォーリと二人になったら、すかさずフォーリに殺されそうだ。

「…先生、待って下さい。このフォーリは危ないです。私は今動けないので、一発で殺されます。」

 すると、ベリー医師の足が止まって、くるっと振り返った。

「ほう…。ようやくあなたの口から、命を惜しむような言葉が出ました。」

 突然ベリー医師が真面目な表情になったので、少し戸惑いながら言い返した。

「…別に今までも、惜しまなかったわけではありません。」

 ベリー医師の目が鋭くなった。

「それなら、なぜ、突然自害を命じられても受け入れ、常に死ねるように準備しているんですか?」

「それは…任務の性質上、そういうことがあるかと…。」

「では、なぜ、鞭打ちの刑について何も言わなかったんですか?陛下が鞭打ちの刑にするといわれた時、なぜ、もっと体に負担のかからない別の刑を申し出なかったんですか?陛下がわざわざお尋ねになるってことは、あなたが耐えられないと言えば、別の刑にすることを考えたからです。」

 ベリー医師はやはり、そのことを怒っているようだ。

「…陛下が考えられた末に出した結論でした。ですから、私が何か口を差し挟む必要はないかと思いました。

 それに、鞭打ちの刑を受けたことがなかったので、どれほど耐えられるか分かりませんでしたから、分からないことはお伝えしました。」

「素直に答えないで、鞭打ちの刑は耐えられそうにないと言えば良かったんです。もしかしたら、刑を与えること事態、あのご様子だと考え直されたかもしれないのに。あなたが受けると言ってしまった以上、陛下も取りやめられなくなったんでしょう。」

 今さら言われても困る。それに、あの話からすれば王は何かしらシークに罰を与えただろう。若様を守るために冷酷な王を実演しているのだ。見知らぬ者には、残酷な王としか思えない。とにかく、子供達を守るために、なんでもする親なのだ。

「そうは言っても、若様を守るためです。私が下手に陛下に厚遇されていると思われたりしないよう、わざと陛下は私に罰をお与えになりました。若様を冷遇することによって、王宮から遠ざけて守っているのですから、私も一緒に冷遇されないと……。」

 思わず言ってしまったが、若様に気づかせてはならないと言われたことを思い出して途中で言葉を止めた。

「なるほど…。陛下とはそういう話だったんですね。わざと冷遇すると。だから、あなたは余計に淡々と刑を受けた。」

 ベリー医師は、ためいきをついた。

「フォーリはたぶん、今は直感であなたに詰め寄ったんだと思いますが、そうやって若様のために、あなたが何度も命を賭けるから、フォーリは怒っているんです。本当なら自分が命を賭けて守るべきなのだと。ニピ族は、自分の主を他の誰かが、命がけで守ることを一番嫌うんです。」

「でも、放っておけません。それに、フォーリが死んでしまったら、誰が若様を側でお守りするんですか?先生も同じです。最初から私は二人に言いました。二人は最後の砦だと。二人を戦力として考えるつもりはないと言ったはずです。」

「だから、自分が常に一番の最前線に立つと?」

「私は若様の護衛です。それに戦略的にその方が合理的です。ただ、若様の護衛の場合は、実践的な戦いの側面より、政治的な戦いの側面の方が強いですが。」

 そういうことについて、シークは譲るつもりはなかった。自分の役目でそれが仕事だ。


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