教訓、三十。目は心の窓。 5
その隙にフォーリが鋭く睨んできた。
「…どうしたんだ?」
なんか殺気さえ感じて、シークは恐る恐るフォーリに尋ねる。今の状態ではフォーリに完敗、フォーリが若様を抱っこした状態でも、鉄扇で一発叩かれたらあの世行きだ。
「……ヴァドサ。お前、まさか、若様に自分の食べかけを食べさせたのか…!?」
え、まさか、そのことで怒っているのか!?そっちの方に驚く。
「……一応、匙は取り替えた。」
一応、匙は取り替えたが、途中でどっちが自分のだったか分からなくなった。
「匙は取り替えたとしても、箸は一膳しかなかった。それに、おかずも一皿しかない。つまり、お前もそこから食べたはずだ。私だってそんなことはしないのに…!」
えーと、ニピ族は相当清潔好きらしい。思わず返答に困ってフォーリを見上げた。
「それに、前から言おうと思っていた。蜂蜜を指につけて若様に舐めさせたそうだな。」
そういえば、そんなこともあった。すっかり忘れていたが。
「一応、手は洗った。」
フォーリの怒りを宥めるべく、そう言ってみる。
「あの時は暗闇だった。暗がりの中、ちゃんと洗えたかどうか分からない。もし、返り血でも指についたままで、若様が血を舐めてしまったらどうするんだ…!」
フォーリはかっと目を見開いた。今さら言われても。確かにそうだけど。
「…分かった、今度から気をつける。」
「自分と同じ皿の物を食べさせるなんて、あり得ないだろう…!」
「分かった、今度から気をつける。」
「もし、毒が入っていたら、護衛が一緒に倒れたら意味ないだろう…!」
確かに一理ある。ニピ族はそういう考えをするらしい。でも、若様は同じ皿から食べて嬉しそうだったけど。
「分かった、今度から気をつける。」
フォーリは唸り声をあげている犬のようにシークを睨みながら、大事そうに眠っている若様を抱きしめた。
「…若様は誰にも渡さない。」
「!?」
思わずシークはフォーリを凝視した。今、なんて言いました?
「若様のためだから、仕方なくお前にも若様を預けるが…。」
ぶつぶつと何かフォーリは言った。
「そうでなかったら、絶対に若様を渡さない。誰にも渡さない。」
えぇと…。ニピ族から主を取ってはいけないと、昔から言われている。もしかして、ニピ族は物凄く執着心が強いのでは…?
「若様は私のものだ。お前には渡さない。若様をそれ以上、可愛がるな…!愛情も注ぐな…!慈しんでよしよしもするな…!」
「はぁ?」
思わず間が抜けた声を上げてしまう。
「はぁじゃない…!本当は若様の目の前から消え去って欲しいが、若様のために仕方なく生存を我慢している…!」
なんだか、物凄く恐ろしい本音が出てきた。
「若様のためでなかったら、とっくにお前なんか殺している…!若様を二回も胸に抱っこして寝かせた…!」
つまり…猛烈な嫉妬か?
「ちゃんと聞いてるのか…!人ごとみたいな面をして、腹が立つ…!」
「…すまん、ちゃんと聞いてる。」
とりあえず、謝罪しておく。
「とにかく、若様は私のものだ…!可愛がったり、慰めたり、触ったり、慈しんだりするな…!心を捧げたりするな…!お前がそんなことをするから、余計に若様が傷つく…!」
そんなことを言われても…!
「お前が鞭打たれたり、若様のために陛下に楯突くから、余計に若様がお前を慕うじゃないか…!そうでなくても、若様はお前を気に入ってるのに…!許せん…!若様のお心がお前に盗られる…!」
はい、何を言ってるんですか…!?十分に反論したかったが、今のフォーリに何か言っても、論理的なことが通じそうになかった。




