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教訓、三十。目は心の窓。 4

 しばらく様子を見ていたが、起きる気配がないのでベリー医師とフォーリを呼ぶことにした。

「フォーリ。」

 起こさないように小声で呼ぶと、フォーリがすぐに入ってきた。フォーリがじとっとした目でシークを(にら)みつける。

「………なぜ…お前が…。」

 焼き餅焼きのニピ族は、やはり焼き餅を焼いている。そうなるとは思ったが、仕方ない。

「頼む、限界だ。落としてしまう前に受け取ってくれ。」

 若様は安心しきって眠っているので、全体重がかかっている。(むち)打たれたばかりの体にはきつい。腕が震える。本当に落としそうなのを必死に抱きかかえていた。

「…く。」

 フォーリは悔しそうに若様を受け取った。

シークは、はあはあと全身で息をした。きつかった。背中が痛い。打たれた所が痛い。そもそも毒の後遺症も残っている。

「…これ、若様にあげたでしょう?」

 ベリー医師が空の食器を見て、(きび)しい声で確認するので、叱られるのを覚悟で頷いた。

「はい。お(かゆ)一杯では足りなかったので、おかずと水、果物もあげました。」

「若様が食べる場合は、そうなるとは思いました。」

 ベリー医師は複雑な表情でため息をついた。

「本当はあなたの体にはよくありませんでしたが、若様のためには良かった。本当にありがとうございます。この二日、若様はほとんど何も食べていなかったので。今日なんか本当に、少ししか食べてなかったんです。昼間も食べませんでしたから。」

「たぶん、長年の子守の経験があったからできたんだと思います。食べたくないと言っても、本当は食べたい場合もありますし。大人と同じ物だと食べることもありましたので、もしかしたらと思ったんです。私が食べてみせると、若様も食べました。」

 さらに二人に、若様が指しゃぶりをしたことも伝えた。

「しばらくは落ち着かないでしょうね。でも、返事をしたんですよね?」

「はい、小さな声で聞き返して下さいましたし、返事もしてくれました。」

 ベリー医師は(うなず)いた。

「フォーリ。残念ながら、子守の経験値はお前よりヴァドサ隊長の方が上だな。なんだ、そんなことは分かっているという顔をしたりして。」

 ベリー医師はフォーリをからかった。

「大丈夫なんですか?」

 シークが尋ねるとベリー医師は、ほっとしたように笑った。

「あれが今日以降も続いたら、危なかったかな。でも、今日で終わって良かった。たぶん、しばらくしたら落ち着いてきて、戻ってきてくれると思います。ただ、以前のようには距離を縮められないでしょう。陛下にきつく言われましたから。」

「そうでしょうね。(きび)しかったです。陛下の表向きの態度はとても。」

「陛下と何を話したんです?」

 シークの言葉にベリー医師がすかさず反応した。

(ばつ)の話です。それから、剣術は教えて良いと言われていました。表向きは反対するが、好きにして良いと言われました。」

 罰の話だけでは納得しないだろうと思ったシークは、剣術を教えてよいという話もしておいた。二人はそれ以上、聞いてこなかった。

「…それにしても、お前。なぜ、できるだけ多く叩いた方がいいとか言った?」

 フォーリが不機嫌にシークに文句を言う。

「…それは罰だから、わざわざ手加減するのは変だと思い…。」

「馬鹿じゃないのか…!」

 最後まで言う前にフォーリが珍しく、若様を抱き上げているのに関わらず、興奮(こうふん)して怒った。焼き餅を焼いているせいにしても、本気で心配しているらしい。

「陛下にもお叱りを受けた。」

「当たり前です…!本当にびっくりしました。死ぬつもりなのかと。陛下が巧みに回数を減らして下さったので、良かったですが。そうでなければ百回でした。百回だったら死んでいました。

 (むち)が古く年季が入って固くなっていたせいで、一回叩いただけで皮膚が破れていましたから。新しい鞭だったら、もう少し楽だったはずです。気絶しなくて済んだでしょう。」

 つまり、鞭が古かったせいでよけいに、痛い思いをしなくてはならなかったらしい。

「全く、陛下がもうよいと言って下さったから良かったものの、それでも肉がえぐれてる箇所がありました。三十回打たれたら神経も切断されて、剣を持てなくなったでしょうね。回数が増えると、肉がえぐれて骨が露出(ろしゅつ)することもあるんです。そうなると、最悪です。」

 ベリー医師の小言は長く続いた。フォーリもさすがに少し、うんざりした顔をしている。フォーリは、シークの前では鉄面皮ではなくなった。それだけ、信用してくれるようになったらしい。

「申し訳ありません。ご心配をおかけしました。それとお手数をおかけしました。」

 シークが殊勝に頭を下げると、ようやくベリー医師は機嫌を直した。

「…ふむ。まあ、いいでしょう。本人が一番痛いんですからな。」

「…ベリー先生、申し訳ありませんが、お粥を下さい。ほとんど若様にあげてしまいまして…。」

 シークが申し出ると、ベリー医師はもう一度空の食器を眺めた。

「私は時々、食べてみせただけで、ほとんど若様が完食しました。本当はお腹が空いていたようです。」

「当然です。子供が食べないなんて、その方がおかしいんです。」

 ベリー医師はそう言って、空の食器が乗った盆を持って戻っていく。


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