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教訓、三十。目は心の窓。 2

 シークは人形のように呆然として、ぼーっと視線が定まらない若様を見て、胸が詰まった。シークの方を見ているが、その目は真っ暗だった。生きているという光が消えてしまっていた。

(なんということだ。あんなにも…陛下は若様の事を思っていらっしゃるのに……。)

 王の気持ちを聞いてしまったが、それを話す事は許されず…しかし、若様の状態を見ればある程度、何か話す必要はあり、板挟みになって苦しくなった。

 今は自分の(むち)打たれた傷より、心の方が苦しかった。若様の心の傷の方を考えれば、後回しにしようと決心した。こっそり、周りの人には気づかせず、話す必要がある。

 若様が求めているものは、人の温もりだ。ただ愛情を求めているだけだ。だが、王である叔父は決して表そうとせず、それを伝えることは許されていない。

 シーク自身も公にそれを表してはならない。王には若様に嫌われる覚悟をしろと言われたが、シーク自身が耐えられても、若様の心の方が持たない。

 若様の空虚な目。シークはその目を見て衝撃(しょうげき)を受けた。彼がにこにこ笑うとキラキラと辺りが輝くようだった。つい、先日までシークに毒を盛られるまで、鬼ごっこやかくれんぼをして、目をキラキラさせて走り回って笑い声を上げていたのが嘘のように、何も写していなかった。

 もし、本当に死罪になっていて目の前でシークが死んでいたら、若様の心は壊れてしまったかもしれなかった。誰かが目の前で傷つくのを極端に怖がる。最初にベリー医師が言っていた。親しくなったシークが…若様にとって父の姿を探すそういう対象のシークが目の前で鞭打たれて、悲しいとかそんな思いを越えて傷ついたのだろう。

 寝ている時にボルピスがグイニスの元に行っていて、彼がそれを覚えていると知らないシークはそう考えた。確かにそれも理由の一つだった。その上、叔父がとった優しい行動の後に、冷徹に叱り、責め、シークを鞭打つという、そういう恐いことが立て続けに起きて、心が恐怖から逃れようとしている状態になっていた。

 シークには若様にどうしたらいいのか、おおよそ分かっていた。フォーリでもベリー医師でもない。以前は若様自身が受けた傷に苦しんでいたが、今はシークが鞭打たれたことで傷ついている。その傷を()やせるのはシークしかいないのを分かっていた。だから、ベリー医師もフォーリも若様がそこにいるのを止めないのだ。

 もうボルピス王が帰ってから二日経っている。この二日の間は、シークが食事やなんかの時には、フォーリが部屋に連れ帰っていたのだろう。だが、今日はもうダメなのだ。きっと、もう持たない。

 シークはもう一度、若様の様子を確認した。体を動かすだけで体中の傷がうずいて痛んだが、そんなことを言っていられない。若様の呆然とした、虚ろな目を見れば時間がないのが分かる。長く子守をしてきたが、子供がこんな目をしているのを見たことがない。直感的に心が持たないのだと分かる。シークの勘が危険だと告げていた。

 ただ、少し希望があった。シークの動きを若様の目が少し追うことだ。じっと目を合わせると、何か言いたげに少しだけ口を動かそうとした。しかし、すぐに表情が人形のように戻ってしまう。涙が勝手に流れている。涙を拭おうとすらせず、表情が動かないのに涙が流れているので、余計に人形のようだった。魂が入っていないように感じられるほどだ。フォーリが静かに涙を拭ってやる。

「食事をしますか?」

 ベリー医師が若様を確認しているシークに聞いてきた。ベリー医師にも、きっと打つ手がないのだろう。鞭打たれたシークが大丈夫だと、安心させてやるしか方法がないのだから。

「いいえ。それより、ベリー先生、フォーリ、話があります。若様はずっとあの状態ですか?」

 シークの確認にベリー医師とフォーリの表情が(くも)った。

「はい。鞭打たれて気絶したあなたを見てから、ずっとそうです。最初は死んだと思ったようでしたが、死んでないと分かってからもあの状態です。」

 シークは若様の心情を思うと泣きそうになった。

「ベリー先生、フォーリ、私を若様と二人きりにして下さい。部下達も下げて下さい。」

「何をするつもりですか?」

 ベリー医師が少し困ったように聞いてきた。

「最初に申し上げました。若様のお心もお守りしなくては、任務をまっとうしたことにはならないと。今、若様のお心をお守りするのを優先したいと思います。」

「だが、お前はそれで鞭打たれた。それでも、そうすると言うのか?」

 フォーリが小声で確認する。若様に聞こえるからだ。これでも聞こえているだろうが、目を離せないので仕方ない。

「それでも構わない。それに、今、陛下はいらっしゃらない。」

「密偵はいる。」

「それでも、やらなければ。」

 シークの固い決心にフォーリはそれ以上、言わなかった。

「先生、お願いします。できるだけ知られないようにするため、また、若様を安心させるために二人きりにして欲しいのです。先日、言いました。陛下のご命令を全うするには、矛盾したことをしなくてはならないと。今が最初のその時です。」

 シークが食い下がると、ベリー医師が重いため息をついた。

「私はそのことで、逡巡(しゅんじゅん)しているわけではありません。あなたが元気なら問題ない。じきに薬が切れて、激痛が走りますよ。薬が効いていても、目覚めていれば痛みが走っているはずです。」

 確かにその通りだったが、今は自分の体の痛み云々を言っている場合ではなかった。一人の子が人生を失おうとしている、その瀬戸際なのだ。

「そしたら、先に薬を下さい。食事なんて後でいい。もし、気になるならそこに置いて下さい。子守をしながら食事をするのには慣れていますし、子供に食べさせるのも慣れています。フォーリ、すまないが頼む。放っておけない。」

 ニピ族が焼き餅焼きだということを思い出し、もう一度フォーリにも頼んだ。

「……分かっている。今の若様に必要なのがお前だということは。」

 憮然(ぶぜん)としてフォーリが答えてベリー医師を見つめた。

「…分かりました。仕方ない。まったくもう。絶対に死んではいけませんよ。意地でも気を失ってはいけません。眠っただけでも、若様は勘違いしてしまうかも。」

「分かりました。」

 シークは肝に銘じた。今は若様の心が生きるか死ぬかの瀬戸際だ。決して眠るまいと心に決める。

 ベリー医師は薬を持ってこさせて、シークに飲ませた。さらに夕食を側に用意し、若様の分も一緒に置いた。お(かゆ)を一皿置いてくれる。

「私達はすぐそこにいますから。何かあったら呼び鈴を鳴らして。」

「もしくは私を呼べ。」

 フォーリは不機嫌そうに言う。

「分かった。」

 シークが頷くと、二人は静かに退室した。ベイルが部下達を連れて部屋を出て行く。


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