教訓、二十九。君子は豹変す。 6
その時、また出入り口が騒がしくなった。そして、シークの隊の者達が数人入ってきて、ボルピスの前に平伏した。
「陛下…どうか、ご無礼をお許し下さい。しかし、隊長が何か過ちを犯したのならば、代わりに私達が罰を受けますから、どうか、隊長の罰は免除して下さい。今、隊長が鞭打ちの刑を受けたら、命を落としてしまいます。どうか、お願い申し上げます。」
隊員達は震えながら、申し出た。彼らの登場にシークの顔色が今日、一番悪くなった。眉根を寄せて、あぁ…なぜ出てきた、という表情で苦しそうにため息をつく。
「全員下がれ。ヴァドサ・シークに対する刑は決定している。」
ボルピスの声に一人の隊員が、がばっと身を起こしてボルピスを睨みつけてきた。森の子族、おそらくリタ族だろう。
「なぜだ、国王…!私が代わりに受けると……。」
完全にリタ族だ。王であるボルピスに物怖じもしない、この不遜な物言いは。この隊員の発言に、先に来て平伏していたベイルが、がばっと立ち上がり、慌てて殴り倒した。他の隊員達も焦ってリタ族の隊員を押さえ込もうとする。だが、リタ族の隊員は彼らを振り払い、さらにボルピスを睨んできた。
「お前達、何をしている…!!」
そこはやはり、隊長の鶴の一声…というか一喝だった。シークの怒声で、そこに来ていたシークの部下全員が、急いで気をつけの姿勢をとった。
「隊長、こんなのおかしいです…!だって、隊長は何も悪くないのに、なぜ、罰を受けなくてはいけないんですか!」
全然納得していない、リタ族の隊員が意見を述べる。
「…お前達の気持ちは嬉しいが、全員、下がって指示された通りに待機しろ。」
だが、誰も下がろうとしなかった。
「下がれと言っている。」
シークの言葉に、拳を握っていたベイルが発言した。
「…隊長、私のせいでしょうか。私の報告のせいで隊長にご迷惑が。」
「ベイル。お前のせいではない。ここにいる誰のせいでもないから、お前達が私の代わりに罰を受けることはできない。罪を犯した者が罪を負うのが当然のことだ。」
静かにシークに諭されて、隊員達の表情が暗くなる。自分達の隊長が、鞭打ちの刑を受けるつもりだと分かったからだろう。そして、その考えをどうあっても、変えるつもりもないことが分かったからだろう。
「変です!隊長、変です!なんでですか!国王のせいですか!」
リタ族の隊員が叫んだ途端、シークの顔色がさらに悪くなった。
「ウィット…!いい加減にしろ!」
「ですが!」
「黙れ!お前は、死にたいのか!お前だけでなく、他の仲間の命も共に散らせるつもりか!」
「死なんて恐くありません!」
ウィットが怒鳴り返す。シークは一瞬、黙った後、拳を握りしめ、今までに聞いたことがないほど固い声で命じた。
「ベイル、ウィットを斬れ…!」
隊員達がはっとする。はっとしたのは、隊員達だけではなかった。その場にいた者がみな、シークの命令に驚いている。命じられたベイルが、シークを凝視してから、剣の柄に手をかけようとする。だが、その手が震えていた。
「ウィット、お前は私にこんな命令を出させ、ベイルにお前を斬らせるつもりか?」
静かなシークの声にウィットがうつむいた。それでも、全身に力が入っていて、仲間達は拘束の手を緩めていない。
「分かったなら、黙って下がれ。全員、下がって指示を受けた通りにしろ。ベイル、お前もだ。」
ウィットを斬らなくてすんだベイルは、思わずはぁっと息を吐いてから頷いた。それを見たシークはボルピスに向き直り、その場で平伏する。
「陛下、お騒がせして申し訳ありませんでした。どうか、私の部下達が犯した過ちを免じて下さい。私がその分も代わりに受けます。」
シークのその場にいた部下達が全員、青ざめた。そうだろう。自分達の隊長の代わりに鞭打たれると言いに来たのに、その分、かさ増しされてしまうのだから。
「良かろう。二十回を二十五回に増やす。それで、お前の部下達の罪を免じてやろう。」
「感謝致します。」
シークが頭を下げる。
「…そんな!」
さっきのリタ族のウィットが声を上げる。
「お前達、まだいたのか。早く下がれ。」
シークが注意しても、ウィットはボルピスを睨む始末だ。
「お前達の隊長の言うとおりに早く下がらねば、三十回に増やす。」
ボルピスが言うと、仕方なくウィットは全身の力を抜いた。彼の仲間達がようやくウィットを拘束する力が抜ける。ベイルが促し、ボルピスに非礼を詫びて、ようやく彼らは退室した。
「申し訳ありませんでした。」
シークがボルピスに謝罪する。
「よい。隊長を思ってのことだ。」
ボルピスは言った後、シェリアを見やる。
「シェリア。刑吏を呼べ。」
ここは王宮ではないので、刑を執行するのは、ノンプディ家の刑吏だ。シェリアは蒼白な顔のまま、刑吏を呼んだ。
「刑を執行せよ。ヴァドサ・シーク。お前は準備をせよ。」
言われなくてもシークはすでにマントを取り、畳んでいる所だった。武器も外し、淡々と国王軍の正装を脱いで畳み、床の上に重ねていった。




