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教訓、二十九。君子は豹変す。 3

「足が(しび)れる。さっさとこの狭い部屋から出るぞ。とにかく、部屋を出たら鞭打ちだからな。」

 王はシークに言い聞かせ、先に部屋を出ようとして、シークが立ち上がるのを待っていた。シークは立ち上がろうとして、体に力が入らず目の前が回って転んだ。

「!何をしている。大丈夫か?」

 王は近づいてきて、腕を取って立ち上がらせようとしてくれる。

「!へ、陛下、どうかお気になさらず…。」

「気になるに決まっておろう。」

 だが、狭い部屋では立ち上がれず、シークはうつぶせにへばった。

「…どうした、昨日より悪いようだな。やはり無理がたたったのだろう。」

「……違うのです、陛下。」

 王が心配しているので、仕方なくシークは白状した。

「何が違う。」

「その…今朝は、陛下と話さなくてはならないと覚悟を決めておりました。すると、緊張のあまり、朝食が喉を通らず…。」

「食べていないのか?」

「いえ、ベリー先生に食べないと押さえつけて、口に漏斗(じょうご)()して無理矢理流し込むと(おど)されましたので、泣きそうになりながら食べました。しかし、後で結局、吐き戻してしまいまして。今頃、腹が減って力が出なくなりました。」

「……。」

 王は神妙な表情でシークを見下ろしていたが、ふいにぶっと吹き出して笑い出した。(こぶし)を口元に当てて必死に笑いを(こら)えているが、声が()れている。

「全く、お前と来たら…。く、くくく。」

 何か話そうとして、結局、また笑い始める。こちらの動きにナルダンが様子を見に来た。王が笑っている姿と、へばっているシークを見て怪訝(けげん)そうな表情を浮かべる。この物置部屋に入った時には、かんかんになって怒っていたのだから当然だ。

「陛下…。」

 困った様子で声をかけたナルダンに、王はシークを起こしてやれ、と言ったが撤回(てっかい)した。

「いや、やはり、私がラブル・ベリーとギルムを呼んでこよう。あの部屋に戻って、あれ達がどんな顔をしているか見るのも、一興だな。ナルダン、お前はここにいろ。」

 悪戯(いたずら)心を起こしたボルピスの言葉にシークは慌てた。

「へ…陛下、どうか私のことは置いていって下さい。」

「どうせ、へばって立ち上がれんのだろう。お前は黙ってそこにいれば良い。」

 慌てたシークはナルダンに頼んだ。

「侍従長殿、どうか陛下と一緒に行かれて下さい。」

 ナルダンは苦笑した。

「無理です。陛下が決められたことです。それに…。」

 と小声でナルダンはシークの耳元で(ささや)く。

「陛下のご機嫌を損ねる方が大変です。せっかく良くなられたのに。」

「……。」

 なんとも言いようがなく、シークは黙り込むしかなかった。王の機嫌を損ねたくないので、そのままにされてしまった。シークの助けを呼びに王が自ら出て行ってしまったのだ。

 ボルピスは応接間に出て行く前に、笑い声をおさめて喉の調整をし、しかめ面しい顔を作ってから扉を開けた。

 応接間は緊張した空気のままだった。しかも、ボルピスが顔を(のぞ)かせたことで、一旦、落ち着いていた緊張が再び走っているのが感じられた。

「ベリー、イゴン、こちらへ参れ。」

 王がたった一人で出てきたので、みんな戸惑っている。名指しされた二人は緊張で顔をこわばらせながら、大急ぎでやってきた。

「陛下、何用でございましょうか?」

 ギルムがめったにないほど、緊張に固くなった声で聞いてきた。

「ふむ。ヴァドサ・シークが私の目の前で倒れてな。」

「!」

 ベリー医師とギルムの顔が硬直した。先ほどボルピスは怒り心頭でシークを伴い、隣室に行ったのだ。その王の前で倒れるなど、懲戒免職になってもおかしくない。おそらく、二人はそのことを心配しているだろう。

 後ろの貴族達にも緊張がみなぎっている。シェリアは顔色が悪くなり、深く椅子に座り直している。本当にシークが気に入っている様子だ。さすがのバムスも顔色が変わっている。思わず椅子の肘掛けを握っていた。ラスーカとブラークも、思わず椅子から立ち上がりかけて座り直した。

 グイニスは、なんとかフォーリに支えられて、震えながら立っている。ボルピスの一言でフォーリに一層しがみついていた。

 それらを見てからボルピスは次の言葉を口にした。

「…ラブル・ベリー。お前…あれにちゃんと朝食を食べないと、漏斗(じょうご)を口に()して流し込むと(おど)したそうだな。」

 ボルピスの言葉に、さすがのベリー医師の顔色も変わった。なんで、それを王に話しているんだ、という表情だ。

「その後、結局、吐き戻したから腹が減って力が出なくて、立てないんだそうだ。」

「!」

 ベリー医師とギルムの目が点になった。二人だけではない。四人の貴族達も同じで、シェリアは気絶しそうになって、古参の侍女が支えている。グイニスは呆然としていた。もしかしたら、どうなるか分かっていないのかもしれない。いや、繊細な子だからボルピスの怒りが去ったことを、感じ取ったかもしれなかった。

 ボルピスは目の前の二人の表情を見ながら、床にへばったまま、困り切った表情で白状しているシークの姿を思い出し、(こら)えきれずに笑い出してしまった。

「…くくく。」

 王が肩を揺らして笑い始めたため、貴族達もみんな困惑して、呆然とした様子が伝わってきた。だが、ボルピスが笑い続けているので、その場の空気が一気に(ゆる)む。

「あれの……顔を見てたら、笑いがおさまらなくなってな。」

 ボルピスはずっと声を抑えて笑っていたが、とうとう声を上げて笑ってしまった。

「腹が減って力が出ないだと……。罰の話をしている最中にそんなことを言うんだぞ。」

 ボルピスはひとしきり笑った後、ベリー医師に指摘した。

「そろそろ、(かゆ)だけでは足りんのだろう。昨日だって、本当はもっと食べようと思えば入ったはずだ。私達がいたから遠慮していた。もっと増やしてやってはどうだ?」

「はい。様子を見ながら増やすつもりです。それで、陛下、私はどうすればいいのでしょうか?」

 ようやく調子を少し取り戻したベリー医師の質問に、ボルピスは(うなず)いた。

「診てやれ。罰を与える間、耐えられるくらいにせよ。」

「…罰ですか?その、いかような罰を与えられるので?それによって、処置の仕方も変わって参ります。」


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