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教訓、二十九。君子は豹変す。 2

「!」

 ボルピス王はぎょっとしてシークを凝視(ぎょうし)した。

「……なぜ、分かった?」

 王の声は(かす)れていた。

「病のことですか?」

 ボルピスは首をふってシークの前にしゃがみ、胸ぐらをつかんだ。

「…そうではない。後から言った方だ。」

 ボルピスの鬼気迫った表情は、王だとかそんなものをかなぐり捨てて、一人の人間が秘密を知られて、焦っている様子しかなかった。

「…陛下。陛下のご発言などです。陛下からセルゲス公殿下に対する、深い愛情を感じました。その理由として…息子だから意外にないと思ったのです。」

 ボルピスは放心したようにシークを見つめた後、ふいに(ほお)の筋肉を震わせ、眉根を寄せて目を強く(つむ)った。涙が(まぶた)の間からにじみ出た。

「……知らなかったのだ。」

 王の小さな声は震えていた。

「私は…兄上に…兄上が子をなせない体だったということを。病でそうなったと知らなかった。」

 王の重大な告白にシークは心臓が一瞬(いっしゅん)(おどろ)きのあまりに止まったような気がした。

「……それなのに…。私は…何も知らず、リイカの時も…グイニスの時も、子が生まれたと喜び祝った。……兄上は…なんと思っていただろう。」

 シークは必死に考えた。つまり、王も知らなかったのだ。一体、何があったのか。

「……お前が()がされた薬…香があっただろう。私は…王妃に……リセーナにあれを嗅がされた。記憶を失い、何も覚えていない。私には…時々、記憶にない時間がある。

 リセーナに言われて、初めて気がついた。おかしいとは思っていた。だが…誰にも言えず、いいようにされていたのだ。」

 驚きすぎて言葉を出せない。息をするのだって、やっとだ。絶世の美女だったというリセーナ王妃の秘密。

「…つまり、リセーナは謎の組織と関係があるのだろう。お前が使われたという薬。私は、それを聞いて、きっとリセーナと関係があると思った。だから、それもあってお前に話を聞く必要があると思ったのだ。もう、リセーナは死んでいないからな。

 最近、体調にも異変がある。…おそらく、その薬のせいだろう。だから……私には時間がない。」

 シークはボルピス王の告白に衝撃(しょうげき)を受けていたが、必死に頭を巡らせ、大事なことを思いついた。

「陛下…その…驚いてしまい、混乱していますが……宮廷医師団長は知らないのですか?カートン家の先生方が気づかないとは思えないのですが。」

「……宮廷医師団長には話した。後はナルダンだけが知っている。」

 少なくとも宮廷師団長が知っていると聞いて、シークはほっとした。(すご)腕の医師集団の長だ。彼がきっと適切な処置をしているだろう。

「…分かるだろう。グイニスであってはいけない理由が。本当にあの子が私の子なのかさえ、はっきりしない。リセーナ一人の証言しかなく、しかも故人だ。」

 ボルピスは真っ赤に充血した目でシークを見据えた。シークは王を間近で見つめていたが、ふと気がついてしまった。前から思っていたが、血の繋がりが近くなった分、余計に思う。

「陛下。」

「なんだ?急に嬉しそうな顔をしおって。」

 当然、王は不機嫌である。

「陛下、ご安心下さい。陛下のご心配は無用かと。以前から思っていたのです。陛下とセルゲス公殿下は似ておいでだと。叔父と(おい)の関係だからだと思っていましたが、親子だと分かった以上、より一層似ておいでだと思ったのです。目や眉の辺りがよく似ておいでです。」

 ボルピスはシークの指摘に少し言葉を失った後、ふっと笑った。

「……そうか。似ているか。」

「はい。」

 ボルピスは涙を(ぬぐ)った。

「………。全く、なぜかお前にこんな秘密を話してしまった。しかし、だからといって、調子に乗ってはならんぞ。お前に罰は与える。さっき私は本当に怒っていたのだからな。」

 王はシークの鼻先に指を突きつけた。

「…はい、存じております。」

 シークの殊勝な態度に、王は深いため息をついた。

「どうしたものか、お前の罰を。お前には(きび)しくすると言っておいたから、覚悟せよ。不名誉な罰だろうと受けてもらう。」

「はい。承知致しました。」

「全く、返事だけは素直だ。」

 王は少し考えた後、シークに言った。

「お前には(むち)打ちの刑を与える。いいか、親衛隊の隊長が公衆の面前でむち打ちの刑など、あり得ないほどの屈辱的な刑罰なのだからな。上半身を裸にして下も下着だけにして鞭で打つ。分かったな?」

 確かに屈辱的な刑罰だが、王が考えた末に出した適当な刑罰なので、シークは覚悟して(うなず)いた。

「はい。承知致しました。」

「本当に分かっているのか?鞭打ちの刑は痛いのだぞ。皮も肉もえぐれる。」

「そういう刑罰だとは聞いております。」

 王は本当にシークが分かっているのか、不審そうに見ていたが、仕方なさそうに頷いた。

「覚悟せよ。おそらくラブル・ベリーが反対するだろう。何回ほどなら耐えられる?二十回か、三十回か?」

 考えてみたが、受けたことがないので分からない。

「陛下。鞭打ちの刑を受けたことがないので、どれほど耐えられるか受けないことには、分かりません。

 それに、先ほど陛下はセルゲス公殿下と私には、冷酷な態度を取ると仰いました。セルゲス公殿下をお守りするには、厳しい態度を取らねばならぬと。そういうことからしたら、できるだけ多くした方がよろしいのではないでしょうか?」

 王の目が点になった。

「馬鹿者…!」

 シークは真面目に言ったのに、王は口角泡を飛ばして厳しく叱り、しかも顔に(つば)を飛ばされた。しかし、目の前で拭うわけにもいかず、仕方なくそのままにして黙って頭を垂れていた。

「死ぬつもりか、この馬鹿者め…!今のお前に何十回も耐えられるわけがなかろうが…!三十回でも死ぬかもしれんのだぞ…!分かった。お前に聞いた私が馬鹿だった。ベリーにそれとなく聞いて適当に決めよう。

 それと、後でバムス辺りに何か聞かれるだろうから、適当に罰をどの程度にするかで話があったと言っておけば良い。」

 王はずいぶん自分を心配してくれているらしい。なぜ、こんなに親身になってくれるのか、分からないが。親しみを持ってくれているようで、それ自体は悪いことではなかった。

「はい。承知致しました。」

 王は素直な返事をするシークを眺めた後、仕方なさそうに立ち上がった。


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